76 / 79
番外編-狼先生と仔兎生徒の夏祭り
「あれ、藤崎じゃん?」
しゃがみ込んで金魚掬いを眺めていた凛は顔を上げた。
視線を向けた先には数人の同級生なる友達がいた。
「なんだよ~、お前も来てたの?」
「来るって知ってたら声かけたのに!」
「え、藤崎、まさか一人?」
「……ううん」
凜の隣で同じくしゃがみ込んでいた同伴者が伏せていた顔を上げる。
その顔を見るなり同級生達はぎょっとした……。
今日は地元で夏祭りが行われていた。
川沿いに屋台が所狭しと並び、盆踊りの曲がスピーカーから流れ、淡い明かりを点した提灯がずらりと垂れ下がっている。
終盤には打ち上げ花火も予定されていて、なかなかの盛況ぶりだ。
凛と郷野はそんな夏祭りへ二人一緒に来ていた。
「人がいっぱいですね」
「そうみたいだな」
「あれ、おいしそうです」
「どれだ、ああ、林檎飴か?」
「風鈴、綺麗ですね」
「ああ、音が聞こえる」
「ヨーヨー、かわいい」
凛は浮かれていた。
宵闇に浮かび上がる、どこか懐かしい色合いに彩られて華やぐ一本道、落ち着きなく視線をぐるぐるさせて人波の狭間をのんびり進んでいた。
「俺を迷子にするなよ、凛」
すぐ隣を歩く郷野の言葉に凛は笑った。
「何だか夢みたいです」
黒いVネックの半袖シャツにカーゴパンツという格好の、学校とはまた違う雰囲気の郷野を見上げる。
いや、実のところ、体育教師の雰囲気は激変していたのだが。
『夏休み、どこか行きたいところあるか』
先日、車の中で郷野に尋ねられた凛。
せっかくの機会なので思い切って伝えてみた。
『今度の土曜日の夏祭り、先生と行きたいです』
『……あの川辺のやつか?』
地元の祭りだ、当然、学校の人間や知り合いも大勢いることだろう。
凛自身も去年は同級生の友達と行っているのだ。
先生と生徒の俺が二人きりで夏祭り、それって、やっぱり変……だよね。
伝えてはみたものの、冷静に考えれば明らかに無理な話だったと、凛は反省した。
運転中の郷野に自身の発言をすぐさま打ち消そうと、口を、開きかける。
『わかった、行こう』
『……いいんですか?』
前方を直視したまま郷野は声もなしに小さく笑った。
『お前が顔赤くして一緒に行きたい、そう言ってくれたからな』
そんなわけで凛は実のところ夢にまで見ていた郷野との夏祭りを満喫できることとなった。
オプション付ではあるが。
「あれ、藤崎じゃん?」
水の中で泳ぎ回る赤い金魚の群れを眺めていたら、凛の背中に聞き覚えのある声が落ちてきた。
案じていた通り顔見知りの同級生達と遭遇したわけである。
「え、藤崎、まさか一人?」
「……ううん」
しゃがんだままの凛、その隣で同じくしゃがんでいた彼が顔を上げた。
狐のお面をつけて素顔を隠した郷野が。
明らかにぎょっとした同級生達に凛は慌てて声をかける。
「おっお兄さん、イトコのお兄さんと来てるんだ」
「へ……へぇ~、イトコのお兄さん」
「なんかでかくね?」
「えっと、でも、一つ違いだよ?」
「うそ~、高校生なの?」
「なんでお面つけてんの?」
それはみんなに郷野先生だってばれないようにするためだよ、と凛は心の中でこっそり答える。
「うん、お祭りではしゃいでるんだよ」
ありそうな、なさそうな回答に、友達は顔を見合わせた。
「その割りには落ち着いた感はんぱなくね?」
「てかさ、なんか、誰かに似てるような」
「あ、俺も思った~」
「あ、見て、向こうでミス夏浴衣があってる」
友達は一斉にミスコンが開かれている特設ステージへ駆け出していった。
凛は胸を撫で下ろす。
郷野を立たせると、視覚が狭まっている彼の腕を引いて、ステージとは反対の方向へ。
「高校生は無理があるだろう」
「すみません、慌てちゃって、つい」
ずっとお面をつけている郷野はその下で小さく笑った。
打ち上げ花火が始まった。
誰もが足を止めて轟音と共に大輪の火花咲く夜空に目を奪われる。
凛と郷野も立ち止まり、見物客に紛れて、次々と華々しく開花する夏空を見上げた。
「……」
郷野は狐の面を掲げるように頭上に浮かして花火を見つめていた。
途中から、凛は、そんな郷野を見つめていた。
郷野先生、ありがとう。
オレの我儘、叶えてくれて。
「これ、いるか」
帰りの車中で凜は郷野から狐の面をもらった。
家に帰ると自室のベッドの上で早速つけてみた。
唇が裏の面に触れると。
「…………っっっ」
何故か顔を真っ赤にしてすぐさま外してしまった凜なのだった。
ともだちにシェアしよう!