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 帰り道は、月がよく見えてなんだか胸がざわついた。マンションへの帰り道、人通りが少なくて安心してしまう。視界で揺れる黒髪が少し邪魔で、耳にかけた。 「おかえり。外はどうだった?」 「…………別に、どうも」  マンションの入り口に立っていた男にそう返し、自動ドアから中に入る。 「お前が出たいというから出したというのに」 「百目鬼うるさい」  この百目鬼と言う男がこのマンションの持ち主だ。黒髪に、金の瞳。枝分かれに伸びた三大名家のうちの一つ。「百目鬼」「鬼城」「鬼灯」の多くの権力を持った家の一つ。俺を拾い、ここに匿っている。  それは俺が、「人とは違う」からだ。  善き神がいれば、悪しき神も存在する。俺はどちらかと言えば、善き神だった。けれど、ある出来事がきっかけで人間を恨んでしまった。  恨みが募り、村を一個滅ぼした後、俺は自分から悪を切り離して、眠りについた。それは死と同義だった〝はず〟なのに、俺はいまここに居る。そして、俺が生きているということは、悪の方も生きている。  俺はそれを探すために、ここに居る。 「……何か手がかりはあったか?」 「――――ない。でも、俺は、探さないと」  だってきっと、恨みしか持たないのは辛いだろう。俺は人間が好きだった。好きで、そこの土地神になった。だけどもう、そんな力はない。ただ、自分の半身を求めるだけの、そう人の形をもった「何か」だろう。神でもない、けれど鬼でもなく、人でもない。 「……」 きっと、もう舘脇さんに会うことはないだろう。 「あれ」 「!」  会うことはないと思った相手に次の日にまた出会ってしまった。なんて、正直拍子抜けだ。 「―――はは、日傘か」  強い日差しには日傘だろうと渡された日傘をさして、昨日よりも幾分か涼しい昼間の路地裏。黒いスーツに、黒い革靴。屈託なく笑うその表情に、一瞬だけ息が止まった。 「……日差しは、強いので」 「そうだな。そんだけ肌が白いなら日傘でもささないと辛いだろう」 「あの、昨日はありがとうございました」 日傘の柄をぎゅっと両手でつかみ、俯き気味に言葉を紡いだ。昨日、舘脇さんに会えていなければ、きっと今日は外に出れなかった。昔と違って、歪なこの体を維持するのは、体力が想像以上に必要で。今までなら三日に一度ほどしか外に出られなかった。 「いや、元気そうで安心した」 「………ありがとう、ございます」  きつい印象を受ける顔をしていたけれど、舘脇さんは笑うとふにゃりと破顔する。俺は小さく息を吐いて、日傘を少しだけ下げて視界を閉ざした。 「……今日は、少し涼しいらしいからな」 「そう、ですね。でも、これから夏本番ですね」 「あ――、そうだな。倒れるなよ」 「気を、付けます」 下げた日傘をあげて、舘脇さんを見上げる。舘脇さんは何処か遠くを見つめていた視線を俺に合わせると、またふにゃりと微笑んだ。それにつられて俺も少しだけ微笑んだ。  少しだけ、胸が苦しい。

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