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セミの声が耳についた。
目を開いてあたりを見回すと、また白いカーテンが視界に揺れる。手を伸ばすと、なんだかすごくだるい。肩肘を軸に体を起こすと、灰色の髪が視界を遮った。
「……………………………邪魔だな」
髪を切るはさみはないだろうかと視線を彷徨わせてから、ふと息を吐いた。病室、でもない、窓のカーテンは確かに白いけれど。壁紙や、家具から見てここは誰かの家だろう。そう推測してからベッドを出た。乱れた着流しを着なおして、くちゃくちゃになっていた前髪をかき上げる。
「どこだここ」
なんだか胸がもやもやと気持ちが悪い。部屋の扉に手をかけて、ふと振りかえり窓から外を見た。網戸にセミが一匹。
「――――夏、か」
窓の向こうは雲一つない快晴だった。
部屋を出てから立ち止まり、着流しの袖を少しだけめくる。白い、鱗。うっすらと浮かんで、消えたそれをぼぅっと見つめて、止まっていた足を動かしてすぐ先の階段を降りた。
「あぁ、起きたのか」
「…………誰」
「元親だ」
「もとちか」
階段を降りてすぐ、カラーシャツで首元まで隠した青年が立っていた。髪は肩ほどで切りそろえられていて、少しだけ茶色ががっている。
「鬼灯が勝手をして悪かった。お前の着ていた服や、持っていたものはそのままこっちで保管してある」
「………持ち物?」
そんな事より、今ははさみが欲しい。この邪魔な前髪を切りたくて仕方がなかった。
「説明は要らない。ここもすぐに出ていく。それより、はさみはないか?」
「はさみ?」
この前髪が鬱陶しくて苛立ちが募ってくる。
「はさみ、ないのか」
「―――あるけど」
こっち、と歩き出した元親を追い、すぐ近くの部屋に入る。大きな箪笥の三段目からはさみを取り出すと、俺にはい、と持ち手の方を向けて渡した。それを受け取り、自分の前髪を掴む。
「あんた、それで髪切るのか?」
「そうだけど、なに」
「いや、なんでもない」
前髪を束ねて、一直線にはさみを入れた。ジャキンと音を立て前髪がなくなり視界が明るくなる。少し不格好に切れてしまったけれどそんな事はどうでもよかった。
「これ、ごみ箱。床に前髪ぶちまけんなよ。そこに入れて。はさみも返せ」
ため息交じりに言う元親に従い手に掴んでいた前髪をゴミ箱に放り込み、はさみを返した。
「それで、出て行っていく当てはあるのか?」
「………一度百目鬼のところに帰る」
「百目鬼……。ならここからは少し距離があるから送る」
「必要ない」
助けは要らない。そう短く返すと、元親がはぁとため息を吐き、あんた、と言葉を吐く。
「まだふらふらだし、顔色も悪い。そんなんで真夏の陽の下に出たら倒れるぞ」
「………俺はどれだけ寝てた」
「三週間ほど」
「三週間、か。通りで季節が夏な訳だ」
記憶が混在してる今の状態はたぶんとても危険だとわかっている。俺は五十年前の記憶とここ最近の記憶がない交ぜになってしまっている。あるのは、ぐちゃぐちゃと気持ちの悪い感覚だけ。
「おい?」
「――悪い。なら言葉に甘えることにする。百目鬼のところまで運んでくれ」
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