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「なんであんたまでついてくるんだよ」 「なんじゃ、つれない子じゃのう。儂もたまにはどらいぶがしたいと言っておったじゃろ?」  元親が運転する車の後部座席に座りながら、前の二人をぼんやりとみる。特に興味があるわけでもないけど、この二人はなぜ行動を、生活を共にしているのだろう。不思議だな、と思った。  俺も昔は人間と共に暮らしていた。人間が確かに好きだったし、文字書きを教えてくれたのも人間だった。「蛇穴弥一」と言う名も、蛇神の自分にその人間がくれた名前だ。今思えば、その人間は特別だったのかもしれない。けれど、その感情は今の自分にはないものだ。五十年前、切り離した自分の記憶は、村の人々を皆殺しにしたところで途切れている。  それが最近の事の様に思えてならない。 「………………………………………………」  まぁいいかと息を吐いて、静かに目を閉じた。  今はあまり面倒なことを考えたくはない。この鬼灯が言った、名をくれた相手が「舘脇倫太郎」なのか、確かめなくてはいけない。 それが、もし、事実で、あの男が俺の事を覚えているなら。  過去を、覚えているのなら。  ――――――殺すしかない。  もう一度、殺すしかない。  その選択をしなければ、俺はきっとまた人間を恨み殺してしまう。そう思えて仕方がなかった。  あの人間が、俺に名をくれたあの時の少年が、すべての始まりなのだから。  思いのほか安全運転な走行で、窓からの景色もゆっくり進む。元親の家を出た時は海沿いだった道も、今は山沿いの道路を走っている。 「そうじゃそうじゃ、おぬし」  くるりと顔をこちらに向け、鬼灯が俺を呼んだ。 「なに」 「まるで別人じゃの」 「………………………」 「すまんすまん、怒らせる気はない。気を悪くしたのなら謝ろう」 そう言いながら、鬼灯は元親に前を向いてろと怒られ、従っていた。うーんとうなりながらまた口を開く。 「おぬしを迎えに来たあのおぬしが、切り離された方じゃないのか?本体は眠っていたおぬしだろう」  本来は、俺の髪は黒い。真っ黒だ。瞳も、黒い。姿形だけをとればあの時切り離した方が本体に見えるのは明らかだ。けれど、自我は眠り、切り離されたはずの善が「心」を持ち動き始めた。  それは紛れもない、「生きなければいけない」「今までの人の想いに報わなければ」と言う、善意。そして、俺が眠り続けていたのは、人間にもう関わりたくなかった。たったそれだけ。その単純な理由で、眠り続けた。消えてしまってもいいとさえ思っていた俺を起こしに来たのは、意外だった。あの「弥一」は、哀れで愚かな、憎たらしい俺の中に本来あるべき善意の塊。 「―――もう今更、関係ない」  あの「弥一」は、俺の中にもう戻ってしまった。あの体で何を感じ、何を得たのかなどどうでもいい。ただ、過去を断ち切って消えてしまえたなら、それで。 「その、片割れ、受け入れねばおぬしは消えてしまうぞ?」 「……それが関係あるのか」 「大いにある。今は違うかもしれぬが、もともとは土地神じゃろ?その強大な力が、僅かに戻ってきておる。その名を与えた人間に接触したからなのだろうが……そのまま消えてしまうと、あやかし狩りにその身、喰われるぞ」  魂を狩り、輪廻の環から喰らう。  それはすなわち、二度と蘇えることは無いということだ。魂が転生の環に入ることなく消滅してしまうと、例えば、俺のような土地神―――強大な力を持ったものの力があたりに拡散されて、生態系が狂っていく。と言う話を昔に聞いたことがある。あやかし狩りは魂は喰らうが、そう言った類の力は食べられない。自分たちが耐えられずに消滅してしまうからだ。 「あんた、言ったじゃやないか。こいつが俺を迎えに来た時」 「ん?」 「どうなっても対処はしてやる、って」 流れていく景色が、少し見慣れた場所に入った。そろそろ百目鬼のマンションも近いだろう。家を出る時に元親に渡されたレザーのカバンの中には、俺が着ていた服が入っている。その服のポケットに入っていた一枚の紙きれ。これを百目鬼に見せれば、どうにかなるだろうと踏んでいた。  拳を握れば、僅かに力が戻っているのが分かる。俺は舌打ちをして、窓から視線を離した。    この気持ち悪さは、なくなるのだろうか。 さっき鬼灯が言ったように、悪である俺は、善である自分を完全に受け入れてはいない。人間が好きだ、人間と関わるのが好きだ。困っている人を助けてあげたい。自分の力が役に立つなら、なんて、もうそんな甘い考えなど持てるはずがないし、理解もできない。  祀り上げるだけ祀り上げて、信仰も忘れ挙句の果てには恐ろしいと刃を向けた、そんな自分勝手で愚かな人間にもう、何も感じない。少なくとも、〝俺〟は。……仮に、善である俺を「弥一」と呼ぶとする。弥一は、恐らく人間への希望を捨てきれずにいたはずだ。そうじゃなきゃ、どんな奇跡が起きたとしても、名をくれた人間の生まれ変わりになんて出会うはずがない。互いに望まなければ、それは成されない。だから、弥一はおそらく期待して、切望して、それを叶えた。本人は無意識であれ、恐らく「舘脇倫太郎」は、すべてを覚えているはずだ。  ―――――あぁ、殺さなければ。早く。

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