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たとえ「弥一」がそれを望まなくても、もし、俺が消滅するしかなくても、この後の世の中がどう変わろうと正直知ったこっちゃない。
酷い奴だと、自分でも思う。けれど、そうでもしなければ落ち着かないほど、俺は人間という種族が嫌いだった。嫌いになった。修復など、どうやったって効かない。
「ついたぞ」
元親の声と共に車がマンションの前で停車する。俺はレザーのカバンをしっかり手に持ち、一度息を吐いた。
「助かった」
そう言い、車を降りた。
見上げるマンションは、記憶にある。
百目鬼の部屋への行き方も、覚えている。
「―――皮肉だな」
小さく吐き捨てて、マンションの入り口を潜り抜けて、パネルにキーコードを入力して足を踏み入れた。静かな大理石の空間に、自分の足音だけが反響する。こつこつとローファーのかかとが音を鳴らした。
ただまっすぐ進めばエレベーターがある。百目鬼の部屋は最上階のワンフロアだからわかりやすい。おそらく、俺がここに来たことはもう知っているだろう。
「いらっしゃい、お迎えだよ」
エレベーターが最上階につき扉が開かれると、そこには知らない人物が立っていた。癖の強い赤い髪は腰ほどまで伸びていて、その頭には猫耳らしきものが生えている。人型の何かは金色の目を三日月に緩ませて微笑んだ。
「誰」
「――僕は彼方。三日月彼方だよ、弥一君」
「…………それは、俺の名前じゃない」
「君の名だよ。弥一君」
ため息交じりに三日月の横を通り抜けて、百目鬼の部屋の入り口に向かう。三日月は後ろからついてきているようだった。
「ねぇ弥一君」
「……………」
「うーん…」
ふと三日月のうなるような声がした後、背後からニャア、と声が聞こえて振り向いた。足元には、少しばかり赤毛の、猫。またニャアと鳴くと、足元にすり寄ってくる。
「お前、あの時の猫だったのか」
二本のしっぽを揺らしながら、すり寄ってくる猫に、少しだけめまいがした。足元の猫を腕に抱き上げて、はぁ、と息を吐く。胸がもやもやして気持ちが悪い。それは収まりそうもなかった。それどころか、百目鬼の部屋の入り口に近づけば近づくほどひどくなっている気がする。
嫌な予感がした。
腕の中で猫が鳴く。俺の考えていることが分かるのか、たしたしと前足で俺の腕をたたく。
行けと言ってるのか、行かない方がいいと言ってるのかはわからないけれど。エレベーターを降りてから、入り口まではそんなに距離などないはずなのにやけに長く感じた。
「……………」
玄関の前に立ち、ふと息を吐いた。いやな汗が噴き出るのは、もうこの予感が確信に近いからだろう。
この部屋の中に「舘脇倫太郎」がいる。
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