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「違う…っ」 搾り出した声に、耳を塞いでいた両手の手首が捕まれた。 「弥一」 「うるさい…っ」 剥がされるように掴まれた両手首がわずかに軋む。俺のいるベッドに片足を乗り上げた舘脇の顔が、すぐ真上にある。 「顔、あげてくれ」 「うるさい!」 また声を張り上げれば、ドン!と窓ガラスが強い力で叩かれたような音を放った。スプリングが軋んだベッドに、背中に感じた熱で、僅かに顔をあげると、舘脇のネクタイが見えた。なら、背中にあるのはこの人間の腕か、と。 「何してる」 「こうでもしないと話せないだろ」 「お前と、話すことは俺にはない」 「俺にはあるんだよ」 舘脇の腕が背中から離れて、視界にあったネクタイが揺れながら下へと移動していく。舘脇が離れて、僅かにあげた視界にその顔が入った。にこりと微笑むその表情は、変わらない。あの時殺されなかったら、成長していたら、あの少年はこんなふうに育ったんだろう。  育つことが、できたんだろう。 「弥一」 「…………」  俺が、関わらなければ、あんなふうに、あんな、バラバラにならずに、 「聞いてくれ」 「………」 「―――…俺が死んだのは、弥一の所為じゃない」  そう言うと、俺の前髪をさらりと撫でる。 「弥一は、何も悪くないんだって、ずっと言いたくて探してた」  だから、会いたくなんてなかった。だから、切り離したのに。眠っていたのに、殺そうと、思ったのに。 「………お前が、お前が俺を探さなければ、……お前が、俺に、……違う、そうじゃ、ないんだ」  震える声に、もう一度違うと、吐き捨てた。違うんだ。何が?何が違う? この男が俺を探さなければ、弥一が俺を迎えに来なければ、違う。俺が、生きていなければ、あの時に消滅していれば、こんなに苦しくなんてなかったのに。向けられた刃に、抵抗なんてしなければ。おとなしく、殺されていれば。  向き合ってしまえば、認めるしかなくなる。それが、嫌だった。怖かった。また、あの過ちを繰り返すのが怖かった。嫌いでいれば、関わらないでいれば、眠っていれば、誰にも気づかれずに消えてしまえれば、それでよかったのに。  ――――眠り続けていたのは、自分の弱さだ。すべてを「人間」の所為にして、恨んで、憎んで、殺してしまった、自分への、罰だ。  カーテンの揺れが止まり、前髪で視界が遮られる。俯いた視界に、舘脇の手が見えた。ぼんやりとした思考のまま、その手に自分の手をかさねた。  あの時とは違う、確かに体温がある手だ。血塗れでも、骨が見えているわけでもない。確かにつながった、人の手。指も全部ある。脈もある。怪我の痕なんて全くない。 見えていた左手を両手でつかんで、ぎゅっと握った。その手を額までゆるゆると持ち上げると、舘脇が手を握り返した。 バラバラに切られた前髪が舘脇の手を滑り、ひたりと額に手を当てた。 「―――よかった」  よかった。生きていて。  小さくつぶやいた言葉に、はっとした。

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