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認めたくない感情が一気に流れ込んできているような気がして、気持ちが悪い。 「弥一」 「俺は弥一じゃない」 「………お前に会えて、嬉しかったのは俺だけか?」  握り返された手が舘脇の力で離れる。俺の手をするりと抜けると、拳を握った。うつむいたままの俺の視界には、またネクタイが揺れる。 「今なら、今の俺なら、お前を支えられる。小さな体じゃなくて、俺はもう大人だ。お前ひとりくらいなら、」 「……そんなのは、要らない」  人間なんて、もう周りには要らない。そう思うのに、それを、言葉にしようとすると、声が出ない。自分が考えていることが、間違いだとは思わない。 「……お前に会いたくて、必死だったんだ。でも、子供じゃ何もできなくて、だから早く大人になりたかった。あの村にも、行ったんだよ。影も形もない、土砂に埋もれていたけれど、お前のいたあのボロボロの社の傍に、墓があった」  かき集めた、かけらも、全部。  血まみれのすべてを、集めた。すべてを殺した後に、全部。 「あれは、俺の墓だろ?」 泣きながらかき集めたものを埋めて、墓を建てた。償いと、どうしようもない後悔と。腫れあがって原型を失くした首だって、骨がむき出しだった腕だって、四肢がちぎれて腹が裂かれた胴体だって全部、全部。 「……俺を、恨まないのはなぜ?」 小さく、うつむいたままでそう聞いた。舘脇は拳を握ったままで 「恨むはずがない」 と、そう答えた。しっかりとした口調に、虚偽はない。この人間は弥一の様に優しいのか。と、そう思った。優しい人間は、そばにいるだけけで苦しい。俺がそんな風にはなれないからなのか、わからないけれど。 「俺が教えた文字だって、ちゃんと書いてた」 それはそうだろう。お前が俺に教えた名前だ。名前の漢字こそ違うが「りんたろう」は変わりない。 「お前はやっぱり、弥一なんだよ。俺にとって、唯一の、弥一なんだ」 視界にあった舘脇の拳が解かれ、その手が俺の前髪に触れる。ふと息を吐いて、俺は目を閉じた。目を閉じても、耳を塞いでも弥一の声は消えない。それが段々と、自分に混ざっているのが分かる。舘脇に関わっているからだろう。俺の記憶は、……舘脇は記憶、少年はそのままだ。どうしても、顔を見てしまえば安心してしまうだろう。  生きていることに。 「―――お前が、俺を恨んでいた方がましだった」 「どうして」 「お前が俺を恨んでいれば、俺を殺せばそれで済む。俺はお前を殺そうと思ってた。それで俺も消えれば、このもやもやした感情が消えると思ってた」 切り離した心が、殺さないでと叫び続けている。混ざりきらない自我が、この人間に関わることを望んでいる。 「だけど」 ぶわりと歪んだ視界に、ぽたりと膝にかかった布団に涙が落ちる。  この人間が生きていてうれしいと感じるこの感情もまた、自分なのだと。苦しくてたまらない。 「無理なんだ、もう、………生きていたくないんだよ」  この身が在るかぎり、俺は信じては裏切られる、それを繰り返していくのかと、そう考えるとぞっとする。誰かが死ぬのが怖くてたまらない。目の前に、死体が転がるのをもう見たくない。  怖いんだ、本当は、全部が、すべてが、怖くてたまらない。弥一の気持ちも、自分の中にある人間を愛する心も、全部、今の俺には怖いものだ。要らないもの。なければ、こんな世界に未練なんてなくなるのだろうかと、思ったのに。 俺が消えた後の世界なんて、本当に知ったこっちゃないとおもっていたんだ。だって、自分がいないなら、その先を見ることもなくなる。この世界がなくなろうが、もう俺がいないのだから。そう思っていたのに。  この人間に会ってしまったから、それができない。  また、殺すような事を、俺は、できない。

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