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「弥一が死んだら、」 舘脇の手が、俺の頬に触れた。あたたかな手の感触にはっと息をのむ。どうしても、この冷たくない手の感触に安心してしまう。 「弥一が、死んだら、俺はどうすればいい?」 「―――何」 「決めてたんだ。俺は。お前にまた会えたら、傍にいるって」 「は?」 「仕方ないだろ。俺は弥一が好きなんだから」 「……………は」  目を白黒させながら、舘脇を見上げた。舘脇の指が俺の涙をぬぐい、微笑んだ。 「お前、何を言ってるんだ」 「探し求めてたんだ。実はずっと、俺自身も理由なんてわからなかった。でも、探して、見つけた。フラフラな弥一を見つけた時は俺なんて全く覚えてるそぶりもないから知らないふりをしたけど、」 俺の目元をぬぐった手が、耳に滑り、耳裏を撫でながら髪をゆっくりと梳いて抜けていく。反動で視界に髪が揺れて、俺は茫然と目の前の舘脇を見ることしかできなかった。 「愛してしまったから、仕方がない」 ぽつりと吐かれた言葉。 それが、空気に離散して俺の鼓膜に直接届くまで、本当に瞬間だったと思う。けど、異様に長く頭に響いた。  ゆっくりとした動作で、舘脇が俺を抱きしめる。ベッドが軋んで、体が揺れた。舘脇の肩越しに見える部屋の角には棚がある。その棚には一台の写真立てがあった。白いカーテンの明かりがわずかに当たって光が反射するそれに、目を細めた。 「――――弥一?」 耳元で舘脇の声がして「離せ」と告げればパッと離す。この動作は、昔と変わらない。 「あれは、なんだ」  棚の上を指さすと、あぁ、と舘脇がベッドを降りてその写真立てを手に、ベッド脇に腰かけた。 「写真じゃないけどな」  そう言って舘脇が渡してきたその写真立てには、ボロボロになった紙切れが一枚入っていた。しわだらけのその紙は押し広がるように写真立てのガラスに引っ付いている。 「それ、俺があの村に行った時に拾ってきたんだ」  古ぼけて黄ばんだ紙には土の跡がある。その下には、薄れた墨で文字が書いてあった。歪な筆文字。 「………墓に、添えるのに書いたんだ。お前を助けられなかった、代わりに、」  歪な文字で書かれた「ごめんなさい」が、そこにあった。あぁ、もう嫌だ。いっそのこと、俺を殺してくれ。苦しくて、あの少年が、「りんたろう」が、俺を許すなんてそんな事あってはいけないのに。俺だって、人間を嫌いなままでいなきゃ、そうじゃ、なきゃ。  ―――ごめんよ、ごめんよ、こうするしか、ないんだ。  どれだけ力があっても、神だと言われても、大事だと感じていた、大切な人間一人救えないんじゃあ意味がないんだ。大勢を選んで個を捨てることなんて、俺にはできなかった。 「……弥一」 「お前、おかしい。俺を、恨めよ。俺に関わって、うっかり名前なんて与えるからっ!それで死んだのに、殺されたのに、なんでまだその名前で俺を呼ぶんだよ…っ!なんで俺が、こんなに、」 苦しいんだ。  頭に響く声も、次第に止んでいくのは、舘脇が生きていてよかったと、俺が安心して、それを受け入れてしまったから。いやだ、また、誰かを大切に思うのは、もう、嫌だ。 「弥一」 「――その名前で、俺を呼ぶな‼」 頼むから、もう。

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