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立ち上がった三日月がまたベッドに腰かけたのを確認して、ほっと息を吐いた。今はもう少しだけ、三日月と話をしたいと思った。
「………三日月は」
「ん?」
「人間が怖いとは思わないのか」
無償で与えられる感情が、怖いとは思わないのか。
「……舘脇が、俺の傍に居たいと言っても、俺は、…それがいいことだと思えない」
たとえ舘脇がそばに居たいと言っても、今を生きてる舘脇がそれをすべて捨てるのでは、意味がないと感じるからだ。今を捨ててまで、過去にすがる必要はない。俺はずっと生きているし、舘脇は人間だ。そもそも時間の流れが違うし、一緒にいたところで先に居なくなるのは舘脇だろう。そうなったとき、またりんたろうがいなくなることに、俺は耐えられる気がしない。
「……………弥一くん」
三日月が小さく俺を呼び、困ったように笑いながら首を傾げた。
「後悔だけは、しないでね。彼は、舘脇は自分が後悔したくないから自分からすべてを捨てることを望んでる。君と一緒にいる今を、大切にしたいんだよ」
「………………………………………………………………それは、」
俺だって、そう言葉をつづけようと口を開いてから、すぐに閉じた。小さく息を吐いて、部屋の扉をじっと見つめる。
「舘脇」
名前を呼ぶと、ガチャリと扉が空いた。スーツ姿の舘脇が、ひょっこりと顔を出している。
「……弥一」
「三日月から、話、聞いた」
ふっと息をはくと、舘脇が部屋に入ってくる。三日月が立ち上がり、俺の頭をなでると「またね」と言い部屋から出ていく。赤い髪が視界から消えると、俺は舘脇に顔を向けた。ベッドの横に立って、俺を見下ろすその顔は不安そうだ。
「座ったら」
「……あぁ」
ベッドが軋み、舘脇が座った。その顔をまっすぐに見つめて、もう一度舘脇と呼ぶ。
「俺の傍にいるなら、捨てるって?お前、今持ってるもの、全部」
「今の俺にとって大事なのは、弥一の傍にいることだけだ。お前の隣に居られないなら、意味がない」
まっすぐ見つめ返してくる瞳に、相変わらず虚偽はない。本当にただまっすぐに、俺を選んで全部を捨てようとしてる。
「……俺が、それをいいというとでも思ったのか」
「思ってない。でも、それでも俺には今、それが何より大事な事なんだ」
そういえば、「りんたろう」もそうだった。俺に名前をくれた時も、要らないというのに大事なことだから、と。なんとよべばいいのかわからない。友達なのに、名前で呼べないのは嫌だって。そう。今思えば、子供の我儘だったんだろう。俺には子供の感情が分からなかったし、あまりにも力説するからその名を受け取って「蛇穴弥一」になった。
名前をもらって、友達が出来て、それ以外に、知らなかった事もたくさん知った。これ以上、何を望めと言うんだ。舘脇が生きてる以上に大切な事なんて、今の俺にはないのに。
「……俺には必要ない」
「なら俺は、生きていても仕方がない」
「舘脇」
「お前に……、弥一に会いたくて、傍に居たくて生きてきたのにそれが叶わないなら」
「舘脇」
「死んでるのと同じだ」
「っ、りんたろう!」
思わず名前を呼んで、舘脇の両頬に顔を挟むように手を伸ばした。そんな言葉は要らない。そんな言葉を言わせるために、舘脇を突き放してるんじゃない。
「……………………………………なぁ、弥一。俺は本当に、心からお前と一緒に居たいんだ」
俺の手に手を重ねて、舘脇が笑う。俺はきっと、何とも言えない顔をしているのだろう、すぐに舘脇は困ったように眉根を下げる。
「頼むから、俺の為だとか、言わないでくれよ。弥一。俺が今生きたいと思うのは、お前が目の前にいる。ただそれだけなんだ」
「……」
「俺は、殺されたけど、今こうやって生きてる。俺が弥一を覚えているのは、神様がくれたチャンスなんだと思ったよ。また、弥一に会えるって。感謝の言葉と、いえなかった言葉を伝えなくちゃいけないって、思ってた。」
俺の手に重なる舘脇の手は暖かい。それに一々安心する自分が嫌だ。舘脇と話している自分が嫌だ。こうなって、今目の前に居て、舘脇の言葉を聞いて、嬉しいと思ってる自分が嫌だ。全部全部、俺だって舘脇につながっている。
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