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「でも、俺はお前に今の人生を捨ててほしくない。お前はもう、俺に関わらなくて、生きていけるのに」 「さっきも言ったろ。愛してしまったから、仕方ないんだ」 「意味が分からない。お前は、……………………………………俺は、もう一度、弥一って、……お前がくれた蛇穴弥一として生きる自信がない」  神は崇高なものだ。人の理想で、人々の信仰の証みたいなものだと俺は思っている。 だけど、今の俺は神でもなければ人でもない。社もすて、信仰していた人間もすべて殺めて生きている。そんな俺に、「りんたろう」がくれた神の名を名乗る資格も勇気もなかった。 「なら」 舘脇の手が、俺の手を掴んだ。それが少し痛くて、眉を寄せる。緩む気配のない力に、舘脇を見つめた。 「――――――なら、全部捨ててくれ」 「は…?」  何を、捨てる? 「全部、捨ててくれ。弥一。名前も、矜持も、命も、全部すてて、俺にくれないか」 「お、まえ、………なん、は?」 「もっかい、言おうか?」 「―――――――――いや、違う。そうじゃ、なくて、お前、」 「神じゃない、ただの蛇なら、俺の願いを叶えてくれるか?」  ただの、人間でもない、神でもない、ただ社に住み着いたときの俺なら、きっとたった一人のものだったろう。舘脇でも、蛇穴弥一でもなく「りんたろう」に懐いていた、ただの「蛇」だったなら。 「俺の傍に、いてくれ。弥一」  真剣なまなざしを見つめて、俺はため息を吐きながら舘脇の名前を呼んだ。 「…………お前は、昔から変わらないな。ずっと、…ずっと自分に、自分の気持ちに真っすぐな子供だ」  俺はどう足掻いたって、舘脇より先に死ぬことは無いだろう。人ではない体は、きっと、舘脇に愛されてる間はこのままだ。だけど、舘脇は普通の人間だから先に老いて死んでしまう。堂々巡りの思考はきっとこれからも変わることは無い。 「なぁ、舘脇」 「……なんだ」 「少しだけ、一人にしてくれないか」   考える時間が、欲しい。小さく告げれば、わかったと返事をして舘脇が部屋から出ていった。 ここはきっと、百目鬼のマンションではなく、舘脇の家なのだろう。マンションの部屋は間取りがすべて同じはずだし、この部屋には見覚えがない。舘脇は俺をここに閉じ込めたいのか。そう考えてから、頭を振った。思考を切り替えないと、このままここに居続けることは不可能だ。なら、舘脇がいない今ここから、この部屋から出ていくしかないだろう。  ――きっと、優しい弥一も、そうじゃない俺も、ただ、生きていてくれることが嬉しくて、それだけで、向けられる感情が少し怖いだけなのだと。胸に手を当てて、深呼吸をした。きっと、お前も、同じだろう。一つに戻っても、俺は、舘脇以外の、「りんたろう」以外の人間すべてが嫌いなままなのだ。 「馬鹿みたいだ」 小さくつぶやいて、音をたてないようにベッドから降りた。ふっと息を吐きながら背伸びをする。弥一の声が聞こえなくなってから、「ひとり」に戻ってから、体が軽い。頭痛もなくなった。そのまま窓際まで歩き、カーテンから外を見た。広がるのは、様々な高さのビルだ。下を確認すれば、そんなに高くはない位置。このまま窓を開けて飛び降りても怪我はしないだろう。 「子供だったのに、な」 出来れば、普通に、普通の人生を送ってほしかった。俺なんかに構わないで、一人の人間として、幸せな家庭を。だってそれが、俺が社に居た時に願った「りんたろう」の夢だったから。好きな人と、ずっと一緒に居たいと、そう俺に願ったのは他でもない「りんたろう」自身だったじゃないか。  今更、俺を見つけて俺と一緒に居たいなんて。 「――――俺は」  俺は、りんたろうが幸せなら、それで全部いいと思ってた。

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