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運命のつがい ⑫

※三人称。他視点。  * * *   飛び出した手嶋の後を追って夢川がその場からいなくなると、駿は大きな溜め息を吐いてソファーの背もたれに深々とその身を沈めた。  上等なソファーは、大柄な彼の身体をほどよい弾力でもってやんわりと受け止める。 「おい…行儀の悪い真似はするなよ」  横から飛ぶお小言に片手を振り、駿はちらりと斜め向かいに足を組んで優雅に座る今回の件のへ視線を投げた。 「……わりと好き勝手に煽っちゃったけど、あんな感じで良かったのか?」 「上等だよ」  男は、満足そうに微笑んでいた。――まったくもって友達にはなれそうにないタイプである。全力でご遠慮願いたい。 「やっぱ類は友を呼ぶのかね。当主…悠さんも性格悪いけど、あんたも相当なもんだよな」 「よかれと思って心を鬼にしてやっているのに、ひどいな」 「……よく言うよ」 「αは自分を攻撃されるより、番に干渉される方が精神的なダメージが大きいからな。夢見がちなあいつにはいいショック療法になっただろう。枯れるにはまだ早いし、――αとして不能ということになれば最悪お家騒動に発展しかねない。優良企業であるあいつのところのトップを()の目鷹の目で狙っている奴は山ほどいるんだよ。三十やそこらで離脱してもらってはこっちの予定が大幅に狂う。……遅かれ早かれ手嶋にも矛先が向くだろう。これで潰れる関係ならその程度だったということさ」  非情な内容のようではあるが、駿の耳にはやけに言い訳がましく聞こえた。  結局、やり方はどうでも友人をなんとかしたい気持ちがあったからこそ、――こんな乱暴な手段を講じたのだと思う。  そんな捻くれ加減も神代の当主によく似ていた。  やっぱり類は友を呼ぶのだろう。  ……俺は当主ともこの男とも友達になりたくはないが、と駿は心の内だけでこっそり呟いた。 「で、あいつらは『運命』なのか?」  殿塚の質問に駿は鼻の頭を掻く。 「さぁな…、さすがの俺にもαのヤツ…夢川だっけ? そっちのフェロモンはほとんど感じ取れなかったし…、ただ――あいつらなら運命だろうがそうでなかろうが関係ない気もするけど」  「運命」といえばいかにもドラマチックな響きだが、その実態は――いわゆる「フェロモンの相性」に過ぎない。  一般的なαとΩの親和率の上限が50%とすると、「運命」と呼ばれる番はほぼ100%に近いフェロモン親和率をたたき出す。  フェロモンの親和性が高ければ、――当然、惹かれ合うのも道理だ。  ただ、科学的に立証されているわけではなく、おそらく『運命の番』というものも、そのフェロモン親和性に依存するものだという仮説を『始祖の一族』がたてているに過ぎない現状だった。  さらには現代の科学をもってしても、親和性を検出する測定器も測定法も確立されていないことから、いまだにその神秘性は健在だった。  ただ、――一つの方法を除いては。  『始祖の一族』のみが、それを測る能力を有していた。  始祖の血に連なる者は、「鼻」が利くものが多い。  普通の嗅覚も鋭いが、フェロモンに対してもそれは有効だった。  そして、「宣託」として、フェロモン親和性の高いαとΩを番わせることに古来から一役買っていた。  そうしていつの時代も特殊な地位に連綿と居座り続けているのだ。  親和性の高いαとΩを番わせれば出生率も上がる。  地位が高いものほど、後継者を必要としている。  Ωの腹はいくら種を注いでも着床しづらく、腹の中や、出産時における死産も多い。  それでも、Ωからしかαは生まれないので、αはΩに子を産ませようとする。  αがβに種を仕込んでも、生まれるのは総じてβなのだ。  男女のα同士なら生まれる子も必然的にαとなるが、そんなケースは滅多になかった。  α同士では、基本的にフェロモンが反発し合って欲情しない。欲情しなければ、子もなし得ないし、薬で 無理矢理体を昂らせて性行為を行っても着床に至らず、さらになぜか人工授精すらも上手くいかない場合が多い。たぶんα同士では受精の段階でなんらかの拒絶反応が起こる可能性が高かった。 (『運命』すら捻じ曲げてしまう俺に、とやかく言えた義理はねーけどな…)  先ほどの自分の発言と、視線を合わせたときに施した仕掛けが良い方に働けばいいとは思った。  殿塚はともかく、あの友人カップルの印象はわりと良かったから。  そんなことを考えていると横から「こら!」と頭をぺしりと(はた)かれた。  ――こちらはこちらでいくつになっても子供扱いをしてくるから困ったもんだ。 「一体どういうことなんだ? 話がぜんぜん見えねぇ。ちゃんと説明しろ」  駿は仕方なく、簡単に今回の事情を説明した。  ――つまり、殿塚薫から真に依頼されていたのは夢川に対する直接的な治療ではなく、その番である手嶋某へ精神的に揺さぶりを仕掛けることだったのだ、と。  単にそれだけのことに『始祖』を用意して見せるのがこの男の真の恐ろしさだと駿は思った。やっぱり友達になどなれそうにない。  もちろん可能なら、現状を改善するための手段を講じることも依頼内容には含まれていたが、さきほども言ったように、こちらの能力は決して万能ではなく、出来ることには限りがあることは予め了承済みだった。 「なんで俺にそれを話さなかった?」 「敵を騙すにはまず味方からって言うし、――それにあんたこーゆーの下手だし苦手だしきっと知ってたら絶対に反対するだろ?」 「あたりまえだ! 誰かを騙すような手段、認められるか!」 「でも報酬はすげーよかったぜ?」 「おまえ…っ、そんな簡単に自分を売るんじゃねぇよ!」 「……べつに安く売ってるつもりはねーけど、貯金ないのは本当だし、ちょっとまとまった金が欲しかったんだよ、しょうがねーじゃん」 「おまえというやつは…! 足元を見られやがってぇー……!!」  頭から湯気が出そうなほど怒っている一颯を駿はじーっと見つめた。 「……な、なんだよ」 「あんまり怒んなよ」 「……」 「胎教に悪い」 「………………………たいきょう?」 「うん、ここ、俺の子が居るから」  駿は、今はまだぺったんこの番の腹をやさしく撫でた。  ――愛しい番が半ば呆然と自分の腹を見下ろす姿に、黒い笑いが漏れる。  ようやくこれで全部おまえは俺のものだ、と。  番は、元がβだったからか、子宮が熟するのに時間がかかった。  でも、ようやく子を成した。 「父親が無一文じゃ、さすがに示しがつかねーからな」  ――にこやかに胸を張った駿の頭を、一颯の容赦ない拳骨が襲ったのはその三秒後のことである。  駿たちが、二人でごちゃごちゃやっている間に殿塚の方に夢川から連絡があり、一旦彼らは別屋へ移動したあと、部屋に戻ってきた二人と顔を合わせることなく、スイートルームを退出したのだった。

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