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運命のつがい ⑭

 頷いた瞬間に夢川の口づけが降ってきた。  ちゅんちゅんと小鳥がエサを(ついば)むような軽いふれあいからはじまり、くちびる同士で()みあううちに、もっと奥を求めて徐々に深まり、やがて舌と舌を絡めあうそれへと変化してゆく。  キスをしながら、俺たちは互いの上着を脱がせあった。  最近ではめったに着ないスーツは、場を盛り上げるアイテムと化した。  ネクタイを解かれることに背徳感が刺激され、それだけでドキドキする。  夢川も同様のようで、「たまにはスーツプレイというのも楽しそうですね」といやらしげなことを口にした。普段品行方正な夢川がプレイなどという言葉を使うこと自体がプレイっぽくて卑猥で…、興奮を誘うエッセンスとなったのか、ヒートでもないのに腹の奥が熱を持つ。  ネクタイを解き、カッターシャツのボタンをすべて外した夢川の手が薄いシャツの上から乳首をきゅうっと抓んできた。 「ん…ちょっと強…」 「…さっきのお返しです」  つまんでは指の腹で撫でるを繰り返す動きに、慣らされた身体が表面的にもあからさまな反応を見せ始める。 「ここも固くなってきましたね」  くっと膝頭で確かめるようにそこを押され、腰がびくつく。 「はぅ…っ」  乳首への刺激だけで俺の欲望はすでに立ち上がりかけていた。 「…ッ、理さんだって、きつそうですよ」  仕返しに俺も夢川のそこに手をやり、きゅっと揉んでやる。  俺と同じ状態になっているそこが愛しい。  ベルトに手をやり、窮屈そうなそれを解放しようとするが、夢川が俺の乳首と股間への愛撫をやめず、もたついてしまう。 「手…止めてください。邪魔しないで…ふぁっ」  スラックスの上から再び先ほどよりも強く押され、反射的に背中が浮いた。  腰に快楽の痺れが走り、先走りが漏れ、腹の中がじゅんと湿り気を帯びる。 「や…め、服が汚れる…!」 「汚してもいいですよ。このまましましょう」 「着替えもないのに…」 「どうにでもなります」  夢川にしては適当なことを言う。  ……ヘンなスイッチでも入ってしまったのかもしれない。 「スーツ姿の君を着乱すのがこんなにも楽しいとは思いませんでした。……もったいないことをしました。私の目は節穴だった。何年もこんなにおいしそうなご馳走が目の前にあって……本当に、愚かでした」  俺は再び夢川の頬を抓った。 「今さら悔やんでも仕方ないことをぐちぐち言わない。――仕方ないから付き合いますよ。着衣セックス」 「相変わらず君は私に手厳しいですね。――でも、そんなところもたまらなく好きですが」 「奇遇ですね。俺も…ですよ」 「それは私が? それとも自分が?」 「――俺はナルシストじゃありません」 「ふっ…」 「……なにがおかしいんですか」  突然、夢川が笑うので、俺はいぶかしんで問う。ちなみにお互いに愛撫の手は止めていない。  くすぐり合うような緩やかさで相手の身体に触れている。気持ちがイイ。 「私は、こうやって発情していないときに君と触れ合うことも好きなんだと、今、実感したのです。君と狂ったようにまぐわうのも確かに極上の快楽に溺れることができますが、こうやって言葉を交わし合って一つづつ反応を見ながら…というのも、好きなんですよ」  今夜の夢川はいつも以上に饒舌に甘い言葉を臆面もなく並べ、好きの大安売りをしてくるので、俺は照れくさくてどう反応していいのやら困る。嬉しすぎて困るとか…、二人の子持ちにして結婚八年の男が言うことでもない気はするが。 「俺たち、β同士のカップルみたいですね」  カップルの前に、もしかしたらバカがつくかもしれないタイプの。  とりあえず、ちょっと夢川の勢いをそぎたくて俺はそんなことを口にする。このままでは俺まで恥ずかしいことを口走ってしまいそうだった。好きとか好きとかとにかくずっと好きだったとか。……それをバラすのは、やっぱりちょっと躊躇う。つまらないプライドだけど、どうしても…。 「βのカップルも悪くないですね」  微笑んで俺の首筋に鼻を寄せ、そう甘く囁いた夢川だったが、しかし、続いて零れ落ちた呟きは悔恨に沈んでいた。 「ただ…、君の『香り』が嗅げなくなってしまったことは残念でなりませんが」  俺は顔のすぐ横にある夢川の後頭部をそっと撫ぜた。  慰めと、愛情と、分かち合う苦しみと、いろいろな想いをこめて(ふた)撫でする。艶やかな髪の手触りが心地よい。ただ、そこからほのかに香る整髪料の匂いは夢川自身のものではなく、人工的な柑橘系の香りだ。 「あ、」  そこで、思い出した。 「そうだ」 「晋…?」  俺は首筋に鼻を当てて未練がましくすんすんやっていた夢川をべりっと引き剥がして、その下から抜け出そうとする。 「待ってください。どこに行くつもりです」 「わっ…っちょ、ズボン脱がさないでくださいよ」  俺が逃げ出すとでも思ったのか、ずるりとスラックスを脱がされベッドの下に放られる。 「ワイシャツ一枚……………いいですね。そういう姿もそそります。今度、私のシャツを着てみた君も見てみたいですね。彼シャツって云うのでしょう?」  そんな戯言を口にしながら、夢川は四つん這いでワイシャツ姿になった俺の背中に乗ってきた。俺よりも上背がある夢川は当然重い。  そのまま押しつぶされそうになり、慌てて待ったをかける。 「ちょっと待ってください」 「もう待ちたくないです。これ以上焦らさないでください」 「そうじゃなくて…!」  俺は自分の脱いだスーツの上着の中から目的のものを取り出して、夢川に見せる。 「…………フリスク?」 「そう。ミント味の」  スーパーで子供のお菓子と一緒に買っておいたやつだ。  俺はそれを数粒取り出して自分の口に入れた。  独特の爽やかな芳香が口中一杯に広がる。 「…子供だましみたいなものですけどね」  ぽかんとしている夢川に小さく笑いかけ、ポケットから取り出してあったもう一つの菓子の包装を開け、今度はそれを夢川の口に放り込む。半開きだったから丁度良かった。 「これは…? レモン…?」 「当たり。レモンキャンディーです」 「檸檬の飴?」 「そうです。理さんの香りですよ」  出会ったときに、夢川からもらった飴がちょうどこのレモンキャンディーだった。  甘酸っぱい味に心が慰められた。  ……その後、夢川からはいつもほのかなレモンの香りがしていて、その(かぐわ)しさに魅かれた。てっきり夢川が好んで食べている飴なのだと思っていたのだけれど、それが夢川自身から発される香りだと気づいた時にはもうすでに香りだけではなく夢川本人にも好意を抱いていた。  ――夢川が自分の「運命」なのだと確信したのもその頃だった。 「これでセックスしたら、発情期っぽいでしょ?」  なかなか良い思い付きだと思ったのだがどうだろう。  もちろん、あくまでも疑似的なものだ。  ……逆に、とても辛くなるかもしれない。  でも、きっと夢川ならこの自分の思いつきに笑って付き合ってくれる気がした。 「面白いことを考え付きますね」  案の定、夢川は満更でもなさそうな顔で俺の唇に軽くキスしてくる。レモンの香りが強まり、懐かしさと慕わしさを募らせた。 「可愛らしい思いつきで、ときめきました」  ――夢川は乙女思考な人間だ。期待どおりの反応に自然と笑みが浮かぶ。 「たとえ、あなた自身が自分の香りを忘れても。俺がちゃんと覚えてます」  だからダイジョウブ。  俺たちは、ちゃんと「番」です。  たとえ肉体の契約はなされていなくとも、繋がっているし、繋がることができる。  心も――きっと、魂も。

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