19 / 20
運命のつがい エピローグ
* * *
「――おまえ、なにかしただろ」
ホテルから自宅へと向かうタクシーの中で、一颯が隣に座る駿をするどく問い詰めた。本職だけあって、なかなか迫力がある。慣れていなければ簡単に自白してしまいそうだ。
しかし、駿は一颯のプレッシャーにはすでに慣れきっていたので、のんびりと答えを返す。
「うん? ……ちょっとした暗示ををかけただけ。上手く作動するかどうかもわからないようなやつ」
続けて軽く補足説明する。
駿がやったことは実際にそう大仰なことでもなかった。
彼らが互いのフェロモンに似た匂いを同時に嗅いだ時、それを本物のフェロモンと勘違いさせ、Ωの発情を促す暗示だ。
しかし、発動条件がかなり厳しいため、まず暗示が作動することはないと思われる。
条件は三つ。
それぞれ、フェロモンに似た匂いが存在しないと不可。
同時にその匂いを嗅ぐ状況にないと不可。
二人そろっている場合じゃないと不可
「それこそ『運命』的な偶然でもなきゃ、発動しない」
「……おまえなぁ…」
一颯が呆れかえった視線を駿に投げた。
「そういう無駄な力の使い方、すんなよ」
「さぁ…無駄かどうかはわからないぜ?」
「――なんだよ、どういう意味だ?」
駿はかすかに目を細め、車外へと視線をやる。
対向車線を通り過ぎるヘッドライトが彼の瞳を一瞬だけ照らし、すれ違った。
その瞳は、太古の琥珀を宿し、人知の及ばぬ煌 きを放っていた。
「甘ったるいガムの香りがする」
「…あ? ガム? 欲しいのか?」
「いや、俺はあんたの酒臭いにおいの方が好きだから」
「人を酔っ払いのおっさんみたく言うな」
「――とりあえずしばらく禁酒な?」
「マジか」
「かわいいベイビーのためだよ。がまんしろ」
「……マジかぁ」
複雑そうな声音の中に、慈しみが混じっていることを感じ取った駿の表情が緩み、わずかに口角があがる。
彼らを乗せたタクシーは夜の街をすべるように走行し、やがて交差する幾筋ものライトの中へと消えた――。
END
ともだちにシェアしよう!