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運命のつがい エピローグ

 * * * 「――おまえ、なにかしただろ」  ホテルから自宅へと向かうタクシーの中で、一颯が隣に座る駿をするどく問い詰めた。本職だけあって、なかなか迫力がある。慣れていなければ簡単に自白してしまいそうだ。  しかし、駿は一颯のプレッシャーにはすでに慣れきっていたので、のんびりと答えを返す。 「うん? ……ちょっとした暗示ををかけただけ。上手く作動するかどうかもわからないようなやつ」  続けて軽く補足説明する。  駿がやったことは実際にそう大仰なことでもなかった。  彼らが互いのフェロモンに似た匂いを同時に嗅いだ時、それを本物のフェロモンと勘違いさせ、Ωの発情を促す暗示だ。  しかし、発動条件がかなり厳しいため、まず暗示が作動することはないと思われる。  条件は三つ。  それぞれ、フェロモンに似た匂いが存在しないと不可。  同時にその匂いを嗅ぐ状況にないと不可。  二人そろっている場合じゃないと不可 「それこそ『運命』的な偶然でもなきゃ、発動しない」 「……おまえなぁ…」  一颯が呆れかえった視線を駿に投げた。 「そういう無駄な力の使い方、すんなよ」 「さぁ…無駄かどうかはわからないぜ?」 「――なんだよ、どういう意味だ?」  駿はかすかに目を細め、車外へと視線をやる。  対向車線を通り過ぎるヘッドライトが彼の瞳を一瞬だけ照らし、すれ違った。  その瞳は、太古の琥珀を宿し、人知の及ばぬ(きらめ)きを放っていた。 「甘ったるいガムの香りがする」 「…あ? ガム? 欲しいのか?」 「いや、俺はあんたの酒臭いにおいの方が好きだから」 「人を酔っ払いのおっさんみたく言うな」 「――とりあえずしばらく禁酒な?」 「マジか」 「かわいいベイビーのためだよ。がまんしろ」 「……マジかぁ」  複雑そうな声音の中に、慈しみが混じっていることを感じ取った駿の表情が緩み、わずかに口角があがる。  彼らを乗せたタクシーは夜の街をすべるように走行し、やがて交差する幾筋ものライトの中へと消えた――。 END

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