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 食卓に並んだ食事が神々しい輝きを放っている。茶碗に盛られた粒が立った白米に、油揚げとワカメの味噌汁、カリッと揚げられたトンカツが千切りキャベツのベッドに寝かされている。小鉢(こばち)に盛り付けられたポテトサラダすら眩しい。昴は腹の虫が大合唱をしているのに応え、手を合わせて「いただきます」を口早(くちばや)に済ませ、箸を手に取った。  無言を維持しながらも、箸が止まることは疎か、舌を(うな)らす温かな食事に、昴は気持ち良さから声を上げた。 「あー。美味いっ」  久し振りの手作りに、昴は感動している。その姿を向かい側でだらしない笑顔を浮かべている詩音は、とても嬉しそうに見えた。 「そういえば、食べてるの俺だけだな」 「宮盾君が寝てる間に俺も翔さんも、手鞠ちゃんも先に食べちゃったんだー」  一人で食べることになった理由に、昴は反応の薄い返答をした。  詩音の料理を口にするのは昨夜のカップケーキ以来だ。昨夜のカップケーキは甘くはないおかず系統の味が三種類あり、空腹時に丁度良かった食事だった。  顔も良くて文武両道、料理好きの裁縫好きという設定の大渋滞が羨ましいようで恨めしいような。どっちつかずの感想を抱かざる終えなかった。 「あ、宮盾君。松村君達から面白い話一杯聞けたよ」 「んん?」  携帯電話を弄りながら、詩音は笑いを堪えていた。昼休みに連絡先を交換したのは覚えているが、嫌な予感が至るところに散っている。 「泰ちゃんとはあまり話したことなかったんだけど、面白い子だね」 「いやいや、待て待て。変な情報しか来ないのが当たり前じゃ……」 「うわぁ。椙野君から宮盾君の最高傑作品の総集編だってー」  詩音に見せられた画面一面に映し出される謎の生命体の数々。絵や粘土、はたまた練切(ねりきり)など笑いが込み上げて来そうな絵面から、恐怖を煽る力作が揃っていた。 「ふにゃひゃひゃ〜! 何これ何これ! 目が三つある〜! 足が重機みたいなの何これぇ!」 「いや、もう……俺のって芸術的だろ?」 「ドヤって言うレベルじゃ……ないのかも!」  壊滅的センスで作られた作品集にツボに入った詩音は、畳の上に転んだ。詩音の姿に釣られた手鞠と月銀は、彼に見せられた絵に必死に笑いを堪えていた。  大笑いしている詩音の笑い声も変だと昴は笑った。  詩音は極めて普通の人間なのかもしれない。外見等の規格外さを除けば、いい意味で普通だ。感情を表に出して、素直さが嫌味すら蹴り飛ばす。あれだけ抱えていた嫉妬(しっと)は、きっと自身が持たない物を持っているからなのかもしれない。昴は空になった茶碗を見下ろして、思わず「あったかいな」と零した。  ……でも、西園は家族の話をしたことなかったな。  昼休みに秀吉達の家族の話を聞いていた詩音の顔は、楽しさに満ちていたが、ふとした時に羨ましげに遠くから見ているようだった。  隠し切れない孤独を抱えた横顔に、不思議と同情する気にはなれない。昴は無意識に呟いた。 「……なんだか、俺を見てるみたいだな」  誰にも聞こえない声で囁くように零し、昴は去年の今頃の自分を思い出した。  ……少しだけ、先に進めた気がする。  埋まらなかった空虚感が無くなり、大量の情報を持った宝物に埋め尽くされる。あの感覚が無ければ、ここまで来れなかったと思う。昴は再び得られる新鮮な出来事に胸を踊らせていた。 「昴。腹は膨れたか」 「翔さん」  ワイシャツを腕(まく)りした翔馬が、穏やかな声音と共に居間に現れ、口元だけしか見えないけれども豪気(ごうき)に口を開いて笑っている。  翔馬はスラックスのポケットに入れていた物を取り出し、昴に向かって投げる。反射神経が良いこともあり、簡単に受け止められた。  掌に握り締めたのは、ミサンガのように三つ編みされた赤、金、白の三色の糸が長く伸び、中心部には連なった黄玉(おうぎょく)に挟まれ、(はがね)で出来た菊の花が鎮座する、ブレスレットのようにも見えるそれに昴は物珍しげに眺めていた。  すると、目の前に現れた詩音が右手首を見せ付けてきた。 「へへ。同じだね」 「あ……」  詩音の右手首に嵌められたブレスレットと同様のそれに、昴は真似るようにせっせと手首に付け始めた。  紐の部分には留め具がしっかりと付いている安心設計で、絡まる心配もなく付けることが出来た。 「これって、何だ?」 「魂魄が秘める力を顕現(けんげん)させる為の回路的役割があるんだ。名前は『散華輪(さんかりん)』。俺が刀を出したり消したり出来たのも、これのお陰だよ」  試しに詩音はその場から短刀を何もない所から取り出した。瞬時に短刀をその場から消し、詩音は笑いながら「手品みたいでしょ」と言った。  笑い事ではないような早業(はやわざ)に、昴は口を開けて固まっていた。規格外の世界に来てしまったのは認める。それでも、これはやり過ぎな気がしてならなかった。  翔馬は大きな欠伸をしてから、固まった肩の関節を鳴らした。 「久し振りだったから疲れたな」 「こ、これ作れるのか!?」  細かい作業が出来なさそうな雑な外見とは正反対の、繊細な技術が要される作業に思える散華輪の細かい構造に終始驚いた。  だが、詩音は昴の反応を想定していたらしく、自信満々に説明を始めた。 「翔さんは浄化屋の中でも数少ない最高位に君臨(くんりん)する立場でね、散華輪を作れるのも『調停者(ちょうていしゃ)』だけなんだよ」 「調停者……?」 「魂を天界に見届ける役割を(にな)った、簡単に言うと仲介人(ちゅうかいにん)みたいな存在だよ。特に人間が宿す魂と肉体の繋がり、言わば境界線に触れられる特異点(とくいてん)の干渉する権利を持ってるんだ」  褒めてと言わんばかりのキラキラ顔で膨大な情報量を呼吸するが如くの早さで説明され、理解するにも追い付けない昴は怒涛(どとう)さに引き笑いを浮かべた。  ……取り敢えず、偉い人ってことか? 「でね、散華輪は個体ごとの魂魄一つにつき、細かい調整が必要で、魂魄との波長が合わない場合、全部が台無しになっちゃうんだ」 「全部が台無し?」 「魂に負荷(ふか)を掛けることになるんだ。そうすると、顕現出来ていた物質は状態を保てなくて崩壊するし、人体にも影響が出るんだよ」  小さな散華輪の存在は、浄化屋にとって命綱(いのちづな)の役割を持つ。回路に繋ぐ回線が一つでも(たが)えればショートを起こすということだろう。起爆剤(きばくざい)に等しく、魂魄という媒体(ばいたい)が人間が生きる上で(かなめ)になるなら、現実問題の可能性に置いて命を預ける影側に立つのが浄化屋である。  独自の解釈で昴は理解することが出来、何の変哲もない洒落(しゃれ)た見た目の散華輪を翳した。 「細かい説明はこれでも読んどけ」 「いっだ」  子供サイズのボーリング玉が顔面に投げられたような衝撃だ。分厚い資料集に似たそれが膝に落下し、昴は目を丸くして驚いた。 「教科書……?」  売り物に成りうる出来で製本された浄化屋の『初心者入門書』だ。新品特有のページを捲る硬さと薬品混じりの(のり)のにおい。初歩的な知識が詰め込まれた教科書に、心なしか感動した。 「あんのぼったくり糞猫(クソねこ)。残り物だから安くしとくだ。それだけで八万取られた」 「あはは! 仕方ないよ。向こうは独立した事務所で構えてるんだから」 「まあ、それはいいけどな……」  頭を乱暴に掻きながら、翔馬は愉快そうに口端を歪め、横暴極まりない眼差しを昴に向ける。 「昴」  愉快痛快とは言わない爆弾が、一点の狂いもなく着弾した。 「今から詩音と戦ってみろ」  激しい轟音(ごうおん)が幻聴として衝撃を伴って落下した。初心者に対する口振りではない傲慢で粗暴で、非常識だけを型に嵌め込んだ『仮称・何か偉い人らしい』ポジションの翔馬がラスボス感満載に言い放つのだ。 「言っておくが、うちの詩音は希壱よりも強いぞ。精々(せいぜい)細切(こまぎ)れにされないように頑張れよ」  ……のほほん星人が番長よりも強い説が爆誕(ばくたん)しました。

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