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 ……ああ、やってしまった。  生まれて初めてエロ本を学校に持ち込んでしまったことを昴は酷く後悔していた。  ただでさえ有名人にランクインしている昴は、ママチャリでの通学から更にエロ本持参を付加(ふか)させたせいで、一斉に校内に広まってしまった。  女に飢えたバーサーカーが新しいスタイルを手に入れたらしい、と。  不名誉(ふめいよ)な称号だけが足されていく。昴は目の前でニヤついている秀吉(ひでよし)良太郎(りょうたろう)を睨むが、笑いながら「どんまい☆」と言われて更に腹が立った。 「なあなあ、宮盾くーん。袋とじ開けないの〜?」 「今月号はミクルちゃんじゃないですかぁ〜」 「シバくぞ」  ただでさえ女子からの軽蔑(けいべつ)の眼差しに心身共にダメージを食らっている状況だ。視線で殺される、SNSで呟かれて叩かれる。  マイナス思考のまま、すっかり落ち込んでしまっている昴に追い打ちを掛ける人物が現れた。 「宮盾君! おっはよ〜!」 「ぐえ……」  ヘッドドロップでも仕掛けるような激しいスキンシップに、首は既に力加減が分からない腕に絞められている。女友達と(ゆかり)を連れた詩音だ。底抜けに明るい声に疲労感が募った。  詩音にしがみつかれたのはいいが、嫌悪(けんお)感を隠さない気配が狂気的に昴に向いている。 「アンタが浄化屋になるなんてね。あのチリ毛も()(すえ)じゃないの」  強気な発言が目立つ清楚(せいそ)ギャルだ。(はな)やかな外見でも目立ち過ぎないナチュラルメイクに、有名ブランド『メタモルフォシス』のアクセサリーをさり気なく身に着けている。タイプではないが、胸も申し分ない大きさで、短いスカートから覗く足はとても(なまめ)かしい。  良太郎はこそりと耳打ちで彼女のことを教えてくれた。 「彼女は木梨(きなし)(しおり)ちゃんです」  細かい説明はなかったが、栞の圧力に怯えている良太郎は秀吉の側から離れずにぴたりとくっついている。  確かに圧力の掛け方は鬼さながらで恐ろしい物を感じる。迫力だけなら縮こまるのも無理はない。 「えー……と、木梨だっけ。いきなりどうし……」 「その辺のチンピラ相手にするような男の癖に、浄化屋になれるのが世も末だって言いたいんだけど」 「……いや、まあ、なれたかどうかもよく分からないんだけど」 「どうせ金でしょ。まずね、資格を持たない野良(のら)同然なんだから、給料なんてその辺のアルバイトと変わらないんだけど」 「……は? 資格……?」  栞に言われ、改めておかしいことに気付く。そういえば教科書にそんなことが書いてあったような気もする。  だが、肝心な箇所に資格だけで受給額が違うとは書いていない。今更ながら変な職業に片脚を突っ込んだことを昴は気付いたのだった。 「……まさか、何も知らなかった訳?」 「資格のことなんか一つも触れられなかったよ。夜に仕事があるくらいしか教えられなかったよ……!」 「……なんか、ごめん」  高圧的だった栞は昴の激しい剣幕(けんまく)にすっかり引いていた。女子に引かれている状況に涙が出そうになるが、詳しい知識は元よりなかった。  ……あれ、待てよ。  栞が浄化屋のことを知っているのは想定内だが、現在この場には秀吉と良太郎が居る。昴は今更ながら滝のような冷や汗をかいていた。 「浄化屋……? なんだそれ。新手(あらて)の宗教か何かか?」 「えーと……」 「まさか、漫画の読み過ぎで現実と空想がごちゃごちゃに……? 中二病属性ならお兄ちゃんのいいネタになりますね」 「やめろ! ただでさえバーサーカーネタで勝手にブログで描かれている俺の身になれ!」 「あのキチガイには一生かかっても勝てませんよ」 「くっっそ、あの電波脳の漫画家ァ!」  唯一まともな末っ子(生意気)が言っていることは本当だ。あまりにも(こく)な状況だが、どうやら二人は浄化屋について理解どころか興味すら示していない。  しかし、一人の女子は気付いた。千絵(ちえ)だ。 「ブログで漫画、バーサーカーネタって……! ま、まさか、響太郎(きょうたろう)先生ののののの!?」 「あ……」 「じゃ、じゃあ! ちび眼鏡ってまさか! お、おおお……!!」 「ああ、うん。凛太郎(りんたろう)さんが溺愛してる弟そのもの」 「美少年フラグ立った――!」  どっちみち隠す気も薄れている良太郎の兄弟事情にクラス全体は震撼(しんかん)していた。目立たないようにひっそりと生活している小柄なショタ声の少年は、普通なら話題にならない。隠す予定もなくなったと良太郎は昨日の昼休み終りに言っていた。  だが、あまりにも態度が激変しつつある校内に良太郎は子羊のようにびくびくしている。  ……不味かったかな。  浄化屋の話題から逸らすには間違いなく最善の方法だったと思う。生贄(いけにえ)になってくれたのは運が良かった。  再び栞に視線をやったが、彼女の様子がおかしい。微動(びどう)だにせず硬直している。先程までの威勢(いせい)の良さは息を潜め、栞は絶句(ぜっく)しているようだ。 「そ、そんな訳ないじゃない……あれは噂だし、第一あのイメージとは真逆……」 「噂?」 「な、なんでもないから! (みょう)詮索(せんさく)しないでくれる!?」 「は、はあ……」  ……女子にキレられた。  頭に血が上りやすいのだろう、と血圧上昇に若干の気がかりを覚える。栞は一人でに頭を抱えて(うな)ったり、逆上(ぎゃくじょう)しかけたりと、怯えきっている良太郎を睨みながら口をもごつかせている。 「その眼鏡、叩き割ってやるから覚悟してなさいよ」 「ひぅ! な、なんなのですかぁ……!」 「あー、もう! 男の癖に可愛い声してて腹立つったらありゃしないから!」  声変わりしたかも定かじゃないショタ声を前にして、迫力のあった栞のキャラクター崩壊が(いちじる)しく激しい。  追い付くことも出来ずに校内全体、教師や事務員などを含めてお祭り騒ぎの早朝に、昴は引っ付き虫の詩音の存在を忘れていた。 「栞ちゃん、自分より背の小さい男の子が好きなタイプなんだよねぇ」 「合法ショタ?」 「後ね、憧れのモデルが『Zen』で、多分噂の真相を確かめたいのかも……」 「……ああ、それか」 「あれ? 知ってるの?」 「椙野(すぎの)の家に行けばな」  気付かれない声で説明をすれば、早々に詩音は察した。  西口の駅前のファッションブランド『メタモルフォシス』の広告塔は、知らない人は居ないとされる有名なモデルが飾っている。その正体を知る者は藤代(ふじしろ)高校でも極一部しかいない。本人はバレていないと思っているのだから、可愛そうに思えて仕方がなかった。  ……まあ、プロフィールを閲覧出来たのが奇跡だけどさ。  男児に戻ったみたいにあやされている良太郎を眺めながら、昴はエロ本の話題すら掻き消してくれたのを有り難く思っていた。 「西園(にしぞの)。後で浄化屋について詳しく教えてくれないか」 「いいよー」 「ありがと……う」 「何これ、エッチなお姉さんが一杯だ」 「手癖悪いな!」  鞄に隠していたエロ本を引き摺り出され、首に腕を通されたまま物珍しげに捲り始めた詩音に対して、究極に居たたまれない気持ちになった。  エロ本とは無縁の性生活を送る詩音は初めての体験をしている。禁断の書とも取れる非モテの右手のお友達を捲りながら、拷問器具さながらに窮地に達している昴を穢れなき心魂(しんこん)で激しい責苦(せめく)を味あわせていた。

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