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◇◇◇
普段と変わらない教室の風景に昴は安心感を覚えつつ、珍しく遅い友人の姿が見えないのをいい事に、ネットで魂喰い について検索していた。
記事で出てくるのはゲームやアニメ、漫画の敵キャラクターばかり。想定内ばかりにろくな記事は出てこなかった。
再び検索ワードを弄りながらネット回線を掻い潜り、昴の目にとあるまとめ記事が止まった。
「……野良猫新報 ? キジ……トラ?」
サイトへのリンクが添付 されており、迷わず複合型の情報サイトへ飛んだ。すると、表沙汰にはされないような生々しいスキャンダラスな記事がトピックスや掲示版、動画などを介して綺麗に纏められていた。
「……うわぁ。なんだこれ……」
見やすい形式で並んでいるのも気持ち悪い。生生しさに昴は苦い顔をしながら、偶然更にあるリンク先へページを飛ばした。
……あれ。
画面が黒く塗り潰され、出てきた猫のシルエットをタップする。現れたサイトには白い文字で注意事項が流れたかと思えば、会員登録のページに勝手に飛ばされた。
「……なんだこれ」
昴は不可思議なサイトが会員登録制であることに面倒さを感じたが、登録せずでも閲覧可能なページがあることに気付く。
「……ん? あれ、このサイトって……」
レーディングがあるトピックスが多くあるサイトには、普通なら表沙汰にされないような『浄化屋』に関する情報で満たされている。残念ながら文章のみの閲覧だけが可能だった。コメント欄の賑わいぶりから、まるで非合法な地下クラブさながらの盛り上がりで、寒気がした。
魂喰い の情報を拾えた矢先に、幾度となくされてきた伸 し掛かりに昴は潰れた蛙 のような声を上げた。
「ぐぇ」
「宮盾くぅーん。聞いてよ聞いて〜」
「首、首絞まってる」
「折角の日曜日がね、社さんの買い物に付き合わされなくちゃいけなくなって〜。俺の予定丸潰れだよね、全く」
「……苦しいから退 いて」
頬を膨らませて怒ってるアピールの詩音が目の前に来る。携帯電話をそっと覗き見し、思い出したように声を上げた。
「あ、これ鳴鴉 が運営してる奴だ」
「鳴鴉……?」
「フリーランスの浄化屋で、一番有名な所だよ。浮気調査とか迷い猫探しとか色々やってるよー」
「いや、それは探偵がする内容だろ!」
昴のツッコミに詩音は朗 らかに笑って「だよねー」と肯定 した。浄化屋といえど十人十色らしい。おかしな仕事をしていることは開いたサイトで丸分かりだ。
「野良、って奴か?」
「うん。おじさん……時定 さんは翔さんにとってお師匠さんみたいな関係で、調停者の一人だったんだけど、二十年くらい前に突然舎棺 と縁切ったんだって。今は呑気に浄化屋以外の仕事もやって収入を補ってるんだ」
「……はは。大変だな」
「それでも身寄りのない子供に居場所作りしてあげてるんだよ」
誇らしげに時定の話をする詩音の姿が、まるで尊敬出来る身内を紹介しているようで、微笑ましさを感じた。
だが、ほのぼのさを打ち壊す陰鬱 としたオーラが迫ってきた。
「……宮盾 氏、西園 氏」
「うわぁ。椙野 君、どうしたの?」
「……弥生 先輩に捕まったのです。あの人は恐ろしい……」
野獣に目を付けられた、か弱い小動物のように怯えきっている良太郎を詩音は宥 めている。弥生の恐ろしさを詩音は知らないらしく、説明を乞う眼差しを疲れ顔の昴に向けた。
「弥生お姉ちゃんって、怖い人じゃないよね?」
「すまん、西園。それは幻想だ。俺もあの人以上に恐ろしい人間は見たことないよ……」
「だ、だって優しいよ?」
「悪い。優しいのは外面だけだ。存在自体がもう合法的ヤンデレ妻を提唱 してるキチガイだから」
「え……? キチ……?」
表向きは理事長の令嬢で優等生。しかし、それは外面の良さだけだ。病的なまでに良太郎 の実兄である凛太郎 を愛してやまない変質者。レベルの高い非合法な手口で迫り来る姿はまさしく神の領域に達したストーカーだ。
「お兄ちゃんを怯えさせる理由も分かりますよ」
「何となくだけど、また合鍵で不法侵入か?」
「……それだけならまだ良かったんですが、もう既にアシスタントの方々を手籠 にしているので、見事に逃げ場は仕事場になくなりました」
「外堀 埋めが始まったか」
可哀想だと哀れみながら、昴は開いていたサイトを閉じようとホームアイコンを押そうとしたが、あるトピックスに目が止まった。
……合成獣 ?
昨夜、秀吉 が語っていた話を思い出す。同じ場所に現れる万引き犯と無傷の重体を負った店員。昴は何故かそのトピックスを見て冷やりとした。出没頻度を記したであろう番号が書かれていたからだ。
昴の下がっていた親指が会員登録のページに向かった瞬間、緊張で張り詰めていた糸が震えた。
「――それは覗くな」
鋭く斬り掛かられた刃のような秀吉の怒りが滲んだ声音に、心臓の脈を一際激しく打ち鳴らされる。緊張から詰まった声が出た。
背後から囁 かれた忠告を静かになった昴が聞き入れたことが分かり、秀吉はそのサイトを無理矢理閉じた。
「それを見たら、お前は浄化屋に疑問を持つだけだぜ」
「松村 ……」
「お前の信念を曲げない為だよ。惑わされるな。これはただの精魂 腐った野郎が個人で作ったサイトだ。見たかねぇだろ、生身の人間が無惨 に死ぬ瞬間をよ」
賑わいが消えない周囲には紛れて聞こえない憤怒 が、じんわりと熱を孕 みながら昴を焼き殺さんとしている。
これは憎しみ故 か、秀吉から伝わる煮え滾 る赤黒い感情に、今にも死を突き付けられた気がした。
錯覚の中で昴は気が付いた点がある。
――踏み込んではいけない場所に辿り着いた。
一年の月日の中で薄々と感じていた不可侵領域の境界線に今、昴は立っている。
触れてはいけないと距離を置いた。出来るだけ不自然にならないように、奥底に眠る闇に目を逸して、普通に仲のいい友人同士の関係を守ってきた。
……ああ、違う。
勉強が出来なくとも、目の前に居る男は賢く、狡猾 な性質を持っていた。
真冬 の話題すらも平和ボケしていた昴を焚 き付ける火種 だ。
嵌められたのか、わざと嵌めたのか。考えるだけで胸中がざわざわと忙しなく蠢 き出した。
「そう怖い顔はすんなよ。俺の性格はお前ならよく知ってるだろ」
「……敵陣に味方を放り込むような真似はしない。情報は数あるだけ武器にする。そういうことなら、目的はなんだ」
睨むように目付きが鋭くなってしまったが、先程まで凄んでいた秀吉は途端に普段通りの快活な笑みを浮かべた。
「詳しい話は後だ、って言ったろ? お前もあまり頭を使い過ぎると、容量不足でパンクしちまうぜ」
急速に場を収束させた秀吉は、まるで自分がクラスメイトに呼ばれることを見越して話を切ったように思える。早々に去っていった秀吉の異質さは、どう足掻 いても昴が知る中では一番の『怪物』だと思う。
「……そうやって隠す所がお前らしいよ」
一人でに呟きながら、阿呆みたいに騙されている周囲の人間を、憐れみを込めて目立たない角度で薄く嘲笑った。
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