63 / 84

番外編:共通点=○○な四人組

 賑やかだった動物園が鎮静剤を打たれた獣達の集まりのように落ち着きを取り戻した頃、持ち寄られた菓子類を広げ、小さな茶会に変貌を遂げていた。  マドレーヌやドーナツ、クッキーにアップルパイ、饅頭等と種類が豊富だ。甘味だらけだが、女子受けは良かったらしい。特に詩音(しおん)が作ったマドレーヌと、秀吉(ひでよし)が作ったアップルパイは好評だ。 「嘘ー。これ(マツ)君が作ったのー?」 「へぇ。見た目に似合わないね」  男らしさをそのままにした高身長にがっしりとした体格、鍛え抜かれた体つき。見るからに家事は出来ないと思われる外見をした秀吉を不思議そうに眺めている女子一同に、居心地の悪さから秀吉は顔を背けた。 「君のお母さんは料理上手な方なのかな」  何気なく瑞希(みずき)が常識に囚われた至極(しごく)真っ当な意見を述べたが、明らかに(すばる)ら四人組の表情は青()め始めた。 「いやいや、それはないのです」 「黒魔術でもしたんじゃないかってくらい酷い。あれ以上に酷い物質を私は知らないよ」 「開いちゃいけない世界の扉を開けたな……」  在りし日の惨劇(さんげき)を思い出して、昴と良太郎(りょうたろう)(たえ)は口を覆った。  明らかに反応がおかしい。瑞希は地雷を踏んだと珍しく焦った。 「うちのお袋は家事が全く出来ないんだよ。妹は(かろ)うじて洗濯機の使い方と炊飯器のスイッチの入れ方は覚えられたんだけど、お袋は仕事以外は全く出来ないし、そのせいで男女逆転で俺と親父が家事全般請け負ってるんだよ」 「……そ、そっか。君のそれはお父さん譲りか」 「気が付いたら親父の持ってる料理のレパートリーより俺の料理のレパートリーばかり増えて、実質近所からも茶に誘われるついでにそんな話ばかりだし、気が付いたら「お宅は最近どうなの?」が決り文句のその辺の主婦と変わらない扱い受けてる始末だよ」  怒涛(どとう)の勢いで真顔から放たれる愚痴(ぐち)の数々に恐怖心を与える。  長男の立ち位置が次第に母親にすり替わっていた事実は言わずもがな、昴達からすれば常識だった。 「作る飯は美味いし」 「掃除とか滅茶苦茶綺麗にやってくれるし」 「裁縫も(あら)を見付けるのが困難な程丁寧ですし」  指折り数えながら各々と秀吉が甲斐甲斐しくやってくれる仕事の数々を話せば、想像を凌駕(りょうが)するハイスペックさに女子一同は固まっていた。 「なんだろうな。一家に一人は欲しいよな、松村(まつむら)って」 「ダラダラし放題出来ちゃうんだなぁ、これが」 「タダ飯(たか)りに来る常習犯が何を言ってるのですか……」  溜め息混じりに呆れ果てた様子の良太郎は、元から螺子(ネジ)が数本抜け落ちている昴と泰に対して常識的に指摘した。それでも螺子が馬鹿になっている二人には通用しないと諦めている。  可愛らしい焼印が施された饅頭を頬張る詩音は、不思議そうに首を傾げた。 「ねえねえ。どうして宮盾(みやたて)君達って仲がいいの?」 「私も不思議だなぁ、って思ってたよ。昴君達っていつも同じように一緒に居るんだよね?」  トラブルメーカーの昴に、人気者で有名人な秀吉、成績優秀ながらも目立たない良太郎に、素行不良(そこうふりょう)の問題児たる泰。バラバラの組み合わせでしかない四人組に、詩音は関係性がいまいち分かっていなかった。  昴はきょとんとした表情を浮かべながら、ぴたりとくっついている良太郎を引き剥がし、過去を振り返るべく天を仰ぎながら唸った。 「最初に会ったのは椙野(すぎの)だったんだけど、その時は顔見知り程度で名前は知らなかったっけ」 「ある意味切欠は子猫でしたね。今は松村氏の家で飼われておりますが」  昴と良太郎の出会いはありふれた経緯に過ぎない。簡潔に言ってしまえば極めて普通の出来事だ。  だが、(しおり)は勘が鋭かった。 「取り敢えず一番レベルの低い付き合いってことでしょ。チビって危ない橋は渡らないタイプにしか見えないし」 「そうそう。難易度は星一つ半なのに変わらなかったな。アルバイト先探してる時に、(たち)の悪い非行集団に絡まれてる椙野を偶然助けたのが仲間加入イベントみたいな感じだったな」 「ナイフで刺されたんですよ、この馬鹿は。どうにかお巡りさんを撒いて、お兄ちゃんの事務所に出戻りしたのです」  凛太郎(りんたろう)の事務所から離れ過ぎていなかったのが良かった。強靭(きょうじん)的な再生能力については伏せながら、良太郎は去年に起きた一幕の回想に(ふけ)り、気の抜けている昴の顔を勢いよく(つね)った。 「うへぇ。それで難易度が一番低いクエストって半端ないじゃん。猿とたぁちゃんはどんな修羅場だったの? 猿は楽な方だとばかり思ってたよー……」  人気者で有名人な、誰にでも優しいと評判の秀吉のイメージを未だに覆されずに夢見ている千絵(ちえ)だが、はっきり言って一番の性悪だ。  昴は思い出したくもない悪夢を軽く話した。 「俺がよく運動部に追いかけ回されてるのは知ってるだろ?」 「あ、知ってる! 確かにあれは我が校きっての名物風景!」 「あの状況を作ったのはこのドS野郎の松村だよ」 「なんだよ、不満か? 今でも飽きねぇだろ」  運動部の軍勢を率いている訳でもなければ、裏側で手引している訳でもなく、ただの娯楽(ごらく)として軽々と運動部を()き付けたチートだ。  部活動紹介でのバスケ部との一件のせいで厄介な男に目を付けられたと、後悔は僅かながらも残るだけだ。 「え、どうやって!?」 「新歓があったその日の放課後、先輩達が健全に部活動に励んでた所に乱入して、現役の部員全員を一人でこてんぱんにした挙句(あげく)、俺を勝手に(えさ)にして運動部全体を焚き付けたんだよ」 「……規格外過ぎるな、おいぃ」 「今思えばただの悪魔だよ、こいつは。なのに最終的に美味い飯に負けた俺が一番憎い……」 「おま、筋肉ゴリラの癖に簡単に懐柔(かいじゅう)されてんじゃねぇかぁ!」 「弁当代が惜しくてかつかつだった所にタダで弁当くれたんだよ! そりゃあ両手を挙げて万歳するだろ!」  冷凍食品が一切入っていない、温かみに美味さを掛けた栄養バランスと彩りをしっかり考えられた手作り弁当に敢え無く陥落(かんらく)した、昴の扱い易さに女子一同は思った。  ――こいつ、チョロくね?  周囲に無関心で日頃から無表情が多く見られる昴は、大抵の人達からは『謎』だの『ミステリアス』だのと遠巻きに見られがちだが、エロ本持参の一件から崩れつつあるのは現状だ。  栞は無様な姿を惜しげも無く晒している昴に、秀吉達を見て、一人で納得する。  ……親友の力、なのかもね。  様々な顔を見せる昴と(ひろむ)の姿を重ねながら、栞は素早く良太郎の隣に移動し、逃げ腰の良太郎を追い込んで一人楽しんでいた。 「じゃあ、ラッギーちゃんとはどんな出会いだったの? 話からすれば一番最後尾っぽいし」  ぶっ飛んだ話の流れでも真剣に聞いていた芽衣(めい)は目をキラキラと輝かせ、前のめりになっている。  泰以外の三人は揃って苦い顔を浮かべ、テンションの急下降が激しい。 「あれは、あまりにも衝撃的だった」 「パンツで仁王立ちでしたね」 「今に至るまで決まってねぇんだよなぁ……」  飽きることなく饅頭を貪り続ける泰は、笑いを含んだ声音で「あれか」と感慨深そうに思い出している。 「格好良く新キャラ参上! がしたかったんだよねー。ほら、校舎裏付近の壊れたフェンスあったじゃん。そこを飛び越えようとしたんだけどね、女子の制服って無駄にひらひらでさぁ。レース部分が引っ掛かってビリィ! ってなってさー。いやぁ、あの日は生理じゃなくて良かったわぁ」 「いやいやいや! 何で飛び越えようと思ったの!? たぁちゃんは一応月花堂の跡取り娘じゃん!」 「あっはっはっは! いやぁ、普通ならここで悩殺っぽくなるじゃん? あん時のお宮達の青褪め方と慌てようには驚いたわー」  お世辞にも声高(こえだか)に話す内容ではないが、口を開けば残念極まりない下品さに色気の一つも存在しない。黙っていればまともだ。派手な外見のせいであまり意味は為さないのが真面目な意見となるのも最もだが。 「まあ、私から言わせて見れば本当にウマが合っただけ。じゃなかったらつるんでないって!」  終わりと言わんばかりに手を叩き、泰は満足度に満たされていた。  昼休み終了を告げる予鈴が鳴り響き、空になっている菓子の袋や包装などを饅頭が入っていた紙袋をゴミ袋代わりに詰め込み、各々と立ち上がる。  だが、いまいち腑に落ちていない(ゆかり)は、怪訝そうに昴達の関係性の共通点に疑問が噴出した。 「根本的な理由がないよね。似てる箇所がないもん、昴君達って」 「えー? あるっしょー?」 「あれだけじゃ、全然分かんないよ」  分かるのは普通じゃない面子(メンツ)なことだけだ。  紫の疑問にナニかを閃いた泰は、面白可笑しく笑いながら、さらりと答えた。 「童貞と処女の組み合わせじゃ駄目ー?」 「えっ。たぁちゃんって処女なの……?」 「あっは。今私のことを非処女って思った奴ら全員子供産めない身体にしてやろうか」  派手な外見のせいで誤解されるのも無理はない。か弱い女性とは異なる元ヤンで、腕っぷしが強い泰の怒りを買った瞬間は当然の出来事だと常日頃から慣れている昴達は、唖然(あぜん)としている詩音達を引いて撤収する。  昴は軽んじた地雷をいとも容易く踏んだ千絵の悲鳴をBGMに、紫の疑問に対しての正当なる答えについて伏したまま、気にすることなく普段と変わらない姿勢に戻した。  振り返れば蘇る鮮やかな日々の数々に、今回からは新しく刻まれる記録のページが(さち)を招き入れてくれれば良い。いつになく楽しげな昴を隣で見ていた詩音は目を丸くして驚いた。 「宮盾君もそんな風に笑うんだね」 「ん? そんな風って……」 「何て言うのかなー。いつもよりね、こう自然な感じっていうか、マシュマロみたいに柔らかい感じなんだよ! 今の宮盾君の笑った顔、なんか貴重だし、俺は好きだなぁ」  気の抜けたふにゃふにゃ笑顔を向けられ、昴は途端に羞恥を覚える。口許を腕で隠しながら必死に顔を背けるが、詩音の無邪気な笑みに押されたままだ。  背後から放たれる殺気に背筋が凍り付き、平和は存在しないと、これからは恋に生きる殺傷能力高めの乙女コンビに刺される不安だけを抱えながら、あまり好ましくない環境の変化だと認識を改めたのだった。  番外編――【完結】

ともだちにシェアしよう!