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 ◇◇◇  首に巻き付いている詩音(しおん)の過激なスキンシップに慣れたのは、一種の人生の終焉(おわり)なのかもしれない。  昴は秀吉(ひでよし)達と大抵過ごす溜まり場の一つである校舎裏沿いの藤棚に備え付けられたベンチに座り、携帯ゲーム機でひたすらゾンビの群れを撃ち殺していた。 「ぎあぁぁぁぁ!」 「うるせぇぞ、如月(きさらぎ)」 「またガチャ爆死したぁぁぁぁ! 消費者庁に訴えてやるぅぅぅぅ!」 「ソシャゲガチャは博打(ばくち)ですから、払った分の代償は自己責任ですよ」  大人気コンテンツの継承作に当たるアプリストア売上トップに躍り出るソーシャルゲームを日夜勤しむ(たえ)は、現在開催している期間限定キャラクターのピックアップガチャに理不尽な文句を口々に吐いている。  キャラクター物のジャンルにハマる傾向にある泰の趣味嗜好は理解出来るが、いつにないハイスコアを叩き出した昴は(さげす)んだ眼差しで地べたに(うずくま)る彼女を見下ろす。 「そんなことより、プレイヤースキルを磨けよ」 「うわ、一週間ぶりに聞くと痺れるわー。よっす、ゲーム脳パイセン」 「俺も入ってたらお前ら揃って晒し首にしてやるからな」  だらだらと詩音以外のメンバーは各々(おのおの)と自分の好きなジャンルのゲームに勤しんでいる。昴はFPS、秀吉(ひでよし)は格闘、泰はキャラゲー、良太郎(りょうたろう)はシミュレーションゲームと様々だ。詩音は呆けきった間抜け面を晒したまま、常軌を逸したプレイ画面を眺めており、驚嘆(きょうたん)しきりだった。 「ほえー。皆ゲーム好きなんだぁ」 「にっしーはしないの?」 「するよー。普段はRPGをよくするんだけど、サッカーゲームの方が揃ってるかも」 「RPGならマンクエとか?」 「ⅢとⅥならそれなりにやったかなぁ。どっちかというとマイルズシリーズなら結構やってるかも」 「あ、趣味合いそう。私MOVのメイデーンちゃん推し。おっぱいいいよね」 「おっぱいは大きかったけど、基本は控えだったよ」  ざっくりと邪な感情ごと斬られた泰は現実逃避に義妹育成ゲームを開き、胸を中心に連続でタップをしながら、アニメ声のエッチな音声を呪詛(じゅそ)のように鳴らしていた。  セーブを済ませてゲームを終了した昴は、ポーチ型のケースにゲーム機を仕舞い、一息ついた。  珍しく女友達を連れていない詩音に対して、最初は珍しいと思ったが、特に何も言わずに昴達は流している。 「なあ、西園。俺達は余裕で授業サボるけど、お前は大丈夫なのか?」 「平気だし、寧ろサボるのってなんかワクワクするよ? それに、授業受けなくても勉強は得意だから点数なら普通にいい点取れるもん」 「そうらしいぞ、松村と如月(馬鹿コンビ)」 「え? 何だって?」 「何も聞こえないー。何も聞いてないー」  わざとらしく現実逃避をしている秀吉と泰に対し、冷めた眼差しを送る良太郎は肩を(すく)めさせる。 「もう手遅れですよ」 「うっぜ! 男らしくないショタ顔の美少年の癖に!」 「(けな)してるのか誉めてるのか、どっちかにして欲しいのですが」 「口は達者なのに手足足りてねぇぞ!」 「そうだそうだ! チビチビチービ!」 「……なら、僕と同じように手足を短く切除してしまえば構いませんよね? それならフェアですよね?」  子供じみた喚きに容易く地雷を踏んだ二人を傍観者に徹した昴は合掌し、うりうりと擦り寄ってくる詩音のねちっこい甘え方を受け入れていた。  無料通信アプリ『COME』から通知が来る。メッセージの送り主に昴は引き攣った表情を浮かべていた。 「……何事もなければそれでいいのにな」 「何が何が?」 「……アルバイト先で知り合った人の弟が面倒くさいことになってるだけだよ」 「んん? どういう意味?」 「片っ端から売られた喧嘩を買っては相手をボコボコにしてて、何故かその弟さんが俺の舎弟として勝手に広まってるみたいでさ……。ああ、もう、勘弁してくれ……」  取り敢えず返信を送り、疲労感から昴は項垂(うなだ)れた。  詩音は瞬きを繰り返しながら、きょとん顔のまま昴の髪を弄りつつ、興味津々な様子を時々垣間見させ、口許(くちもと)をニヤつかせた。 「宮盾君の周りは賑やかなんだね」 「道を歩けば鉄パイプ持って奇襲仕掛けてくる奴も居るけどさ」 「宮盾君の周りは物騒なんだね」 「笑いながら言うなよ。スタンガンとか結構キツいんだからな。西園も背後には気を付けてくれよ」 「そうだね。俺って女の子に刺されるかもしれないもんね」 「ははっ。腹立つわ」  不思議なくらい平和な時間が存在している。邪険に扱う気もすっかりなくなってしまったのは、決して慣れではない。着実に気を許しつつあるのだろう。昴は絞め上げるように巻き付いている詩音に笑いかけ、一言を溢した。 「いい加減くっ付くな。暑苦しいわ」

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