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 ◇◇◇  容疑者から手っ取り早く供述を得るに最適な方法は何か。恐喝(きょうかつ)紛いに感情任せに責立て、正確性を欠いた方法で脅迫(きょうはく)し、無理矢理吐かせる。そのやり口が好ましいか好ましくないかなら、十中八九後者だ。  しかし、それが必要となる場合は致し方ないと片付ける。丸く収める為にすべきことを優先せねばならないなら、それが不可能な案件はどう片付けるべきか。  国家警察組織内部の特殊部隊『神無月(かなづき)』を束ねる主任である勝家(かついえ)は、目の前に差し出された緑茶を見下ろし、不快感を隠しもせず眉間(みけん)に皺を深く刻んでいた。 「さあさあ、遠慮しない。折角の客人なんだから、招いたこちらが(もてな)しても構わない筈さ」 「ありがたみのない招待だとこちらは受け取っているがな」  奇抜(きばつ)(よそお)いの一風変わった洋装を着こなす時定(ときさだ)は、余裕のある緩慢(かんまん)とした軽妙さを崩さず、湯呑みに淹れられた緑茶を(すす)った。  連れてきた部下は二人だったが、秩序や規則もない無法地帯の『鳴鴉(なきがらす)』では格好の餌食(えじき)になり、来客室には一向に顔を出さない。阿鼻叫喚(あびきょうかん)な仕掛けにでも嵌ったのだろう。勝家は苦手意識よりも厄介な嫌悪感が(ぬぐ)えないでいる自分自身に嫌気が差し、深々と溜め息を吐き出した。  二切れのカステラを皿に乗せ、息子と歳が変わらない少年は静かに勝家に差し出してくる。 「……お茶菓子」 「ああ、ありがとう。頂くよ」 「…………」  恐ろしく無口で無表情な少年――道枝(みちえだ)倫也(みちや)は、逃げるようにお盆を抱いたまま距離を取り、そそくさと給湯室の方へ身を隠した。育ち盛りな体躯がはみ出しているのに勝家は苦笑し、少々(ぬる)くなった緑茶を口に含んだ。 「話をしようか。こちらが捕らえた研究者を名乗る男は元々この街の出だった。今は涼宮境(すずみざかい)虚戯(きょぎ)関連の研究に着手していたようでね。(くだん)木梨(きなし)(ひろむ)を虚戯感染者にした首謀者さ」  数多(あまた)の工業施設や研究所が建ち並ぶ涼宮境市の存在について、改めて勝家の眉間に深く皺が刻まれた。息子の友人である昴が生まれた都市だ。いい(うわさ)はない恐ろしい街の存在に、勝家の表情は曇るばかりだった。  時定は困り果てた様子で肩を竦め、話題を少しばかり変えた。 「気掛かりなのかな。宮盾昴君のことを」 「……ああ。すまない。息子が心を許せる数少ない相手でもあるからかもしれない。彼に罪はないのも承知の上だ」 「そうだね。あの子に罪はないよ。(あや)うい精神の子だ。直ぐに壊れてしまう子には罪なんて重荷(おもに)は死と等しいからね」 「息子にしては珍しい行動が増えたんだ。元々は根が優しい子なんだけれど、あんな風に他人を内側に入れるのも珍しいから」  子供らしからぬ考え方をする秀吉は、当たり前のように『異常者』の部類に割り振られる。それに気付く者は極少数派。秀吉の異質さは『普通』として受け入れ、場に溶け込み、次第に環境を侵食していく『病気』だ。その『病気』は診療所や病院で調べても意味がない。だからこそ勝家は不安感ばかり抱いていた。  秀吉が心を許した人間は昴と良太郎、泰だ。共通点が何かは出会った瞬間から気付いた。四人は『はみ出し者』と呼ばれた『異常者』の一端(いったん)を持っていたからだ。  それでも構わないと思ったのは相性の良さかもしれない。浮いていた人生の中で、彼らは()(どころ)を見付けたのだろう。勝家は自分勝手な思考しか傾けられないことに、程々(ほとほと)に嫌気が差した。 「――一緒くたにするのは頂けないかにゃ〜」  (とぼ)けた軽快さに相俟(あいま)った瑞々しい外見の虎太郎(こたろう)は、寝不足のせいか欠伸を噛み殺しながら来客室に現れた。  倫也から眠気覚ましにタブレットを貰い、三錠程手の平に出し、口に放り込む。 「トラ。お疲れ」 「僕だけ嫌な仕事ばっかり押し付けてさー。くたばれ、糞爺(クソジジイ)ー」 「鮭で釣れたなら安いと思ったんだって! トラは安上がりだから……ぐふぉ! 目は、目は駄目ぇ!」  時定の右目に向かって正拳突きを食らわす虎太郎を遠くで見ていた倫也は、止めることすらせずに給湯室の隅で居眠りをし始めた。  勝家は苦手なノリが始まったと緑茶を一気に飲み干した。 「一緒くたにしちゃいけない、とはどういう意味だ?」 「昴君は普通の『異常者』とは違うってこと。まあ、それはアンタの息子にも言えるけどさー。良太郎君はちょっと次元が違う。和菓子屋の娘ちゃんは普通の『異常者』で合ってる。でも、良識のあるタイプだから神無月の出番は要らない」  冷静に物事を見極め、冷静に分析し、瞬時な判断を見解として述べた虎太郎は、既に気絶状態の時定を容赦なく張り倒し、すっきりしたのかローテーブルに行儀悪く座った。 「良くも悪くも、敵じゃなくて良かったよね」 「あの子らは賢いからな」 「飽きさせないならそれで僕は全く構わないけど」  カステラを(むさぼ)り食いつつ、虎太郎は器用に話を進め、掛け時計に視線を移し、咀嚼したカステラを喉を鳴らして飲み込んで、さっさとローテーブルが退いた。 「んじゃ、僕専用の()()()()に行く? そろそろ末っ子コンビの相手をしてた部下が来る頃だろうしー」  にんまりと裏がありそうな怪しい笑みを浮かべ、虎太郎は勝家の返答を待たずに我先にと先導し始めた。  勝家は手を付ける前に空になった皿を見下ろして、給湯室から覗き込んでいる倫也に手振り身振りで謝罪をし、席を立った。  ガタガタと来客室の扉の向こう側から騒がしい音が響いている。虎太郎の予想通りか、情けない悲鳴を上げながら、二人の部下が転がり込んできた。 「し、主任〜! なんなんですか、ここ!」 「ぺ、ぺちゃんこ……死ぬ、死ぬ……」  顔面は蒼白、恐怖で膝が笑っている部下の姿はお世辞にも無様としか言い表せない。勝家は翻弄(ほんろう)されて力尽きている部下に対し、自然と溜め息が漏れ出た。 「情けない。子供が懐いてくれるのは喜ばしいことだろう」 「子供ですけど、そんじょそこらの近所のがきんちょとは違うんですって!」 「かんちょうくらい普通だ。牙の生え変わりで痒がってる子犬に甘噛されたのと同じだ」 「同じじゃないですよ! 今時ハンマー振り回してくる女の子なんて見たこともないですし、魑魅魍魎(ちみもうりょう)を引き連れてくる化け狐なんか居ませんよ!」  非常識が集まる鳴鴉ならではの洗礼(おもてなし)を受けた部下に、多少なりとも慈悲(じひ)の念を覚えた勝家だが、肝心の仕事を終えていない現状に甘えて彼らを(いたわ)る必要はなかった。  虎太郎の誘いだ。少しばかり待たせても問題はないが、生憎(あいにく)それは敵わない。酷く飽き性であることも思い出し、勝家は容赦なく二人の部下の襟首を掴んで、引き摺りながら虎太郎が待つ『拷問部屋』に足取り重く向かった。

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