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◇◇◇
単位に問題がなさそうな授業のみサボることを繰り返して、気が付けば敵が増えていることもある。もとより昴は曰 くつきの問題児として嫌煙 されがちだが、それを払拭 するには都合上吉と出る機会を利用するのが最もらしい選択になり得る。
それ故に目の前で広がる副担任の失態が招いた光景を証拠として納めるようになって、総計十回を軽く超えた。
「相変わらずですなぁ、せいいっちゃん」
「うあぁぁぁ! 最悪だぁぁぁぁ!」
教師歴三年目の浅い経歴でありながら、異性からはイケメンだと揶揄 される容姿で人気がある副担任――海堂 誠一 は、盛大に今日の授業で配る小テストをぶち撒けていた。
最初はスーツのスラックスが破けたことから始まった。昴は既に弱みとして撮影をしている良太郎の手癖の早さに脱帽しつつ、一向に格好がつかない誠一の欠点に苦笑いを浮かべた。
「あ、こんなとこにもあったよ〜」
のほほんと散らばった小テストを集めている詩音は親切心だけで誠一の手伝いをしている。純真無垢な笑顔が眩しい。それは誠一も感じているらしく、眩 い後光 に目線を逸しながら、恥ずかしげに集めて貰った小テストを受け取った。
「なんだろう、この感じ。君達みたいな問題児カルテットには浮いてるよね、確実に」
「……あはは。ですよねー」
切実な声に頷かざる得ないのも事実だ。誠一は昴達を纏 めて問題児と呼ぶ数少ない人間であり、それ故に純粋さが眩しい詩音の存在は珍しいと指摘する。
昴は苦笑いを浮かべたまま誠一と応対するが、残りの小テストを集めている詩音の背中には思わず微笑に変わった。
……悪い奴じゃないんだよな。
「へぇ。君って、そんな顔もするんだ」
「はい? 何ですか、急に……」
関心とかではない、純粋に驚いた表情を誠一は昴に向け、予告なしの突然さに表情が強張 った。
誠一は不思議な物を見たさに食い気味に昴を無言で見詰め、片眉をひょいと釣り上げた。
「いつものは作り物感あったような気がしたっていうか。そんな優しい顔するのって、松村君達とつるんでる時以外じゃ希少だよね」
――作り物の表情 。
嫌な思い出は何一つない言われ慣れた指摘だった。昴はそう思い込もうとしても、取り繕う為の表情がぴたりと筋肉が張り詰めて硬直し、唇が縫われたのか口は開けず、否定も肯定すらも言えない。
変わりつつある現状に、充足 感よりも不安感が押し寄せてくる。溢れ出る濁流 は正体不明の不純物が混じり、無意識に御守りに手を伸ばしかけた。
昴の表情が陰ったのに気付いた誠一は顔を青褪 めさせ、救いを求めるように秀吉に視線を投げる。
秀吉は溜め息一つつき、見慣れた昴の癖をわざと遮った。
「ったく。しっかりしろよ」
「……あ。悪い」
御守りに伸びた右手を秀吉によって横から固く握り締められ、意識が暗中に陥っていた昴は一気に現実に引き戻されたせいか、ようやく口を開けることが出来た。
……またか。
悪癖については人のことを言う資格がない。昴は酷い考え方を持ったと自虐的に笑い、右手をおろした。
「宮盾君、ごめんね。俺、また懲りずに無神経なこと言っちゃったし」
「いや、別に海堂先生が謝る必要はないですよ。寧ろ感謝してますから」
「え? 感謝? なんで?」
「あ、理由とか糞面倒なんで年頃のDKの戯言 なんか聞いても意味ないですよ」
「うわ、辛辣 だな!」
表情がコロコロ移り変わる誠一の忙しなさに、昴は平常心に戻るまでの間、愛想笑いで器用に躱す。
――誤魔化して、はぐらかして。
素直に口に出来る彼が羨ましい。昴は子供らしからぬ自身の考え方に、偉く老け込んでいると阿呆らしさが勝る。
……縛られるのに慣れ過ぎ、か。
美佳子 に的を射た指摘をされたことを思い返す。彼女は何一つ間違えていない。全て自身に該当するのだ。
間違えてないからこそ、今正に線引した白線上の内外に枠を作り、勝手に距離を取る。純粋さが欲しい訳ではない。幼少期から培 われた諦め癖の延長線が己を縛り上げるだけだった。
「あの、すみません。海堂先生、これ落としましたよ」
「え、何これ。風俗じゃん! ギノさん、じっくり見せて。検索検索っと」
良太郎は一枚の会員証を見せびらかすように構えながら、隣で泰はインターネットで店を検索し始めた。
ただし、誠一が落としたのは小テストだけだ。狙ったように早業で財布から抜き取った良太郎の手癖の悪さに、何故か妙に助けられた気がした。
「うわぁ――! ま、またやられたぁぁぁぁ!」
「どんなプレイしてんの? ここ、確かコスプレ……」
「予想からしてバニーですか? 先週、白昼堂々と布面積の少ない衣装を検索してましたから」
「バレてるし! バレてるしぃ!」
「嗜好をいきなり変えても変な性癖が芽生えるだけでっせ、旦那ぁ!」
わいやわいやと囃 し立てつつ、馬鹿にしているように聞こえる笑い混じりの二人の口調に、誠一はリトマス試験紙よりも遥かに激しく赤から青へと化学反応を起こしている。
すっかり話題をすり替えられたことに安堵 の溜め息を漏らし、安定よりも不安定さが課題になったままの昴は、己の未熟さに負けてばかりだと多大な嫌悪感を含めて吐き出した。
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