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◇◇◇
溢れ返った資料の山は乱雑に積み上がり、高い城壁 を建造する。暗がりの中で発光する大小様々なコンピューターは部屋全体を照らす力はなく、薄明かりの中で物々しい陰鬱な空気が広がっていた。
孤独な戦いとは何を指すのか、甚だ疑問だ。虎太郎は何本目か分からない空になったコーラのペットボトルを握り潰し、炭酸ばかりで空きっ腹を満たしながら『歌うたいの合成獣 』の黒幕から得た情報を事細かに整理し、レポートのように纏めていた。
……嫌な繋がりだ。
耳に当てていたヘッドフォンを外し、虎太郎は拷 問 で吐き出させた膨大な情報の暴風域から一時的に離脱した。
情報とは言え、ひとえに言語化された物とは限らない。色や音、形状、または匂い。それらを全て五感で感じ取り、虎太郎は過剰な刺激に疲弊 した身体をゆっくり椅子の背凭 れに倒した。
申し訳程度の静かなノックが三回。無言で部屋の扉を開けたのは倫也だ。お盆には簡単に摘めるように、三種のサンドイッチや櫛切りのフライドポテト、一口大に切った生野菜をチーズと挟んで楊枝に刺した簡易的なサラダ、汁物には湯気立てるコンソメ仕立ての卵と野菜のスープが乗っている。
「……トラ、ご飯」
「ありがと〜。ミッチ〜。そこ置いといて〜」
「……そこ、どこ?」
困惑気味に首を傾げながら、分厚いファイルやら仕舞いきれていない紙の束に覆われたテーブルを倫也は見下ろしている。
倫也の表情筋はぴくりとも動かないが、困った様子で立ち往生しており、虎太郎は己のズボラさに日頃の行いの悪さが滲み出ていた怠慢さだ。虎太郎は苦笑しながら乱雑に積み上げていた資料の山を床に退かし、テーブルの埃 を軽く払ってから電気を付けた。
ぼんやりとした明かりしかつかない電球は不思議と目に優しく感じられる。倫也はホッと胸を撫で下ろし、テーブルにお盆を置く。
一仕事に入らない口実を利用した倫也は、部屋を出ずに隅っこの方で壁の冷たさに安心した表情で体育座りをした。
「ミッチ。今日もありがとう」
「……ん」
「今日来たおじさんね、ミッチと同い年の息子さんが居るんだよ」
「……同い年。学校、楽しいのかな」
「にゃっは。きっと飽きない日々を送ってる問題児に違いないよ」
サンドイッチを頬張りながら、虎太郎はデスクに置いていた機密書類ばかり綴じたファイルを開く。
「存在自体が浄化屋案件として処理される異端者。そんな存在の一人がこの四人組の中の一人」
さっとファイルから四人組と括った少年少女の資料を抜き取り、倫也にも見えるように掲げた。
「……同じ外 れ ?」
「そうそう。僕 ら と同じ外 れ 」
「……でも、普通に生活出来てる。なんで?」
「同じ箱の中でも、彼らには血を混じり合わせて出来た純粋な遺伝子が存在する。ただそれだけだよん」
四人組と総じて纏めた虎太郎は、くるくると椅子を回転させながら、獲物を捉えた獣のように目元をすっと細める。
……危険人物、ではないんだけどね。
日常に紛れた綻びを抱える四人組。それが彼らだった。
昨年の三月末頃に藤咲 市へ現れた涼宮境 市出身の少年――宮盾昴。
彼を中心に引き寄せられたかのように接触し、依存とまでは行かない絶対的に切れない糸が絡み合う、少年二人に少女一人。
並の人間よりも遥かに優 れた才を持ち、それ故に災厄 の種となり得る異質めいた魂魄を宿す少年――松村秀吉。
神が給 うた才覚の一種である異能を宿し、無自覚ながらも天変地異を起こすとされる『創造主の御手』に魅入られた少年――椙野良太郎。
今から五年程前に中止された『超常者育成プログラム』に関わった、人工的に異能を植え付けられた少女――如月泰。
偶然か必然か。彼らは皆自然な流れで浄化屋と繋がりを持っていた。それらに関わりを持たざる得なくなった裏側も又、嫌に点と線を結ぶ。
「……トラ?」
「……うーん。関わりたいけど、凛太郎 君には弟君と会わないでってキツく言われてるからなぁ」
「……だったら、俺が会いたい」
普段の平坦な口調とは裏腹な、激しい食いつきを見せる僅かな興奮めいた高い温度の声音が、珍しく倫也から発せられた。
芽生えた好奇心に身を乗り出し、輝きの宿った紫玉の双眸に見詰められる。
虎太郎は驚きのあまり瞬きを繰り返した。
……ミッチにしちゃあ、珍しいかにゃ。
初めての変化に虎太郎は口角をゆるりと持ち上げる。
「そっかそっかー。ミッチ、この子達と友達になりたいんだぁ」
「……トラ、ウザいし煩い」
「お兄ちゃんは嬉しいんだって〜」
「……俺、トラよりも背高いよ」
「……うわ、生意気だなぁ。誰に似たんだか」
「トラ、だよ」
頬を薄く紅潮させながら控えめに微笑む倫也に、自然と虎太郎の表情は毒のない満ち足りた物へと変わる。
亀の歩みでしかないと半ば諦めていたが、現実はそうではなかったらしい。
虎太郎は喜びを隠そうと背を向け、再びヘッドフォンに手を掛けた。
――あの日、あの場所で時定に拾われた頃から胸に秘めていた願望を成し遂げる為に。
フードで隠れている首元の項 、何かを消したような火傷痕 。癖のようにそこを撫でながら、虎太郎は深く息を吐き出した。
「ミッチ。僕はまた仕事に戻るけど、暇な時は……」
倫也の方を振り返り、労りを込めて声を掛けたが、その心配は必要なかったと口を閉じる。
久し振りの来客対応に疲れたのだろう。大きな身体を猫のように丸めて、分厚いファイルを枕代わりに眠る態勢に入り出していた。
……おやすみ、倫也。
声には出さずに小さく呟き、虎太郎はくるりと背を向けた。
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