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秀吉を放っておきながら昇降口付近に備え付けられた自動販売機で各々と飲み物を購入する。紙パックのみ出てくる自動販売機で迷わずカフェオレを選んだ昴は、普段と変わらず無糖のブラックコーヒーを購入した良太郎を見下ろす。身長差十五センチなのが歯痒い。小柄で子供臭い見た目なのに、期待を裏切るカフェイン中毒の良太郎が何故か憎らしい。
「カフェイン摂るの飽きないな」
「遠回しに失礼なことを考えていないのですよね?」
「身長が低い理由はそれか」
「母方の血筋が強いだけなのです!」
「晴海 さんは普通の身長だろ」
呆れ混じりに笑うと、良太郎はハムスターのように頬を膨らませて怒っている。身長は平均的でもガタイのいい昴からすれば、良太郎は小さ過ぎた。癖で小さい頭を数回叩けば、眼鏡の奥で良太郎が自分を睨みつけている気配を察する。
「ゔ〜……。縮むのです……」
「そこまで馬鹿力じゃないからな」
良太郎の鋭い視線は痒いだけだ。昴は財布の中から百二十円を取り出し、緑茶のペットボトルを購入した。
「あー。悪 ぃ。さっきまで茅ヶ崎 と話してたわ」
「如月 が居ないから大変だな」
昴は遅れて戻ってきた秀吉にペットボトルを投げ、簡単にそれをキャッチした秀吉は「サンキュー」と軽い感謝を口にした。
「んじゃ、昼飯にすっか」
「それよりも、松村氏」
「んー?」
「また点数が酷過ぎて職員室がお通夜状態だったのですが」
「……なんだっけな。数学だっけ」
「歴史評論家の息子の癖に日本史の回答欄がパリピ過ぎたとか」
「きーこーえーまーせーん」
苦々しく顔を歪めながら秀吉は逃げるように階段を駆け上がっていった。昴は耐え切れず笑ってしまい、生意気臭い良太郎と共に秀吉を追い掛けた。
◇◇◇
彩り豊かなキャラクター弁当を広げ、詩音は憩 いの場と化した家庭科室によく一緒に行動している女友達と共に束 の間の休息を満喫していた。
秀吉に渡されたのは戦隊ヒーローの食玩 で、小さなフィギュアが入っている。詩音は鼻歌を歌いながら弁当そっちのけで箱を開けて、子供のように歓声を上げた。
「やったー! シークレットだ!」
「ふぉぉぉ! 第二形態のビッグバードン! めちゃんこかっちょいい!」
「……ごめん、千絵 。あたしには全く分かんない」
金メッキで覆われた翼が生えたロボットを掲げて、子供のように盛り上がる詩音と国平 千絵を呆れた眼差しで見詰めている清楚ギャル――木梨 栞 は、おやつとして持参していたクッキーの袋を開けた。
右側だけ長い髪を揺らしながら飛び跳ねる詩音は、小学生のように千絵と一緒にコスモレンジャーの主題歌を歌っている。動く度にキラキラと輝く茶髪が見ていて眩しい。隣で飛び跳ねている千絵のちょんまげ頭は視界に映る度に煩 わしい。栞は溜め息を吐き出して、それを側でニヤけ顔で見ている桂木 芽衣 を軽く睨んだ。
「めーい。何笑ってんのよ」
「ぬふん。溜め息ばかりついてちゃ幸せが逃げちゃうぞー」
「……幸せなんか不確定要素にしかなんないでしょ」
「固い。固すぎる! おっぱいだけなら柔らかいのに!」
「うっさい」
黒目がちの猫目を煌 めかせながら、芽衣は自分の胸元で大きな膨らみをジェスチャーで表現している。栞は蔑 むように芽衣を見てから、隣で携帯電話を片手に詩音の姿をムービーで撮っている花房 紫 を一瞥 した。
「詩音君、今日も可愛いなぁ……」
「校内一のアイドルが何言ってんのよ」
「この前詩音君と映画に行ったんだけどね」
「ごめん。それはもう今朝 から何回も聞いた。これで五回目だからね」
小動物のような可愛らしさから他校でも人気を博している紫の容姿は、同性の栞から見ても癒やされる。周りからキツい印象を受ける栞は外見だけなら『取っつきやすい美人』になってみたい物だった。
詩音がようやく弁当に手を付け始めた時、千絵は思い出したように声を上げた。
「そういえばさー。なんか足りなかった気がするよねー」
「千絵にゃん? 何かな何かなー」
「松村、宮盾、椙野。この三人組は有名だから分かるんだけどね、なんか一人足りないようなないような……」
「うむむ?」
芽衣は腕を組みながら足りない脳味噌を捻 ろうと躍起 になった。
千絵と芽衣が答えに辿り着く前に詩音が先に答える。
「もしかしてだけど、泰 ちゃんかな」
「あー。居たね、そんな子。野球部のマネージャーで変わり者の変人って聞いてるけど」
「昨日までは居たのに、今日休んでたような気がする……」
「不登校?」
「昨日は部活に参加してたし、元気な様子で松村君と帰ってたような……」
野球部のエースと名高い秀吉と共に帰った姿は目撃している。デコボコ三人組の中にひょっこりと入っている如月泰は、校内で一、ニを争う謎めいた人物だ。
千絵は泣き出しそうな顔をしながら、悔しげに唸った。
「……噂 って、本当なのかな」
「え、何それ」
「二人が付き合ってることだよー……。バレンタインの時なんか、他の人の全部躱 して本命にだけ貰ったって話」
落胆 しきった千絵から放たれる悲しみの波動が家庭科室を包み込む。冷房は付けていないのに異常な寒気が詩音達を襲い、ぶるりと震え上がった。
紫は苦笑いを浮かべながら、千絵の手を包み込む。
「そ、それはただの噂でしょ? だったら普通に学校で男友達と混ざらないじゃん」
「……いや、寧 ろチビを巡っての三角関係かもしれない」
「そ、それは……」
「松村は総攻め要員だけど、宮盾が読めない。……はっ! まさかの当て馬ポジか……!?」
「……ごめん。なんか励まそうと思ったけど無駄だったみたい」
千絵の方向転換の早さに紫は引き気味だ。中学生時代からの仲である栞と芽衣は慣れているようで、分かりやすく放置をしている。
神妙 な面持ちで黙っている詩音に紫は声を掛けた。
「詩音君? どうしたの?」
「……んー。宮盾君をスカウトしよっかなって」
「ス、スカウトって……まさか……」
詩音は右手首に付けているブレスレットの菊の装飾を撫で、楽しげに口角を緩ませて笑った。
彼が面白い人間であることは承知している。詩音はテーブルに置いていた携帯電話の電源を入れてから、迷うことなく無料通信アプリ『COME』を開き、よく知る人物に連絡を入れる。写真のフォルダから取り出した盗撮写真を添付 し、詩音は悪戯 が思い浮かんだ子供のように意地悪な表情を浮かべていた。
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