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精巧に作られた人形然とした白い少女が、昴を見上げている。大きな蒼い双眸は深海の如く深いサファイアを彷彿とさせ、無機質で感情が伝わらない、真っ直ぐ射抜く眼差しを向けていた。
フリルをふんだんにあしらった和風ロリータが人形めいた姿に拍車をかけている。昴の心は平静を取り戻していた。まるで心地よい風が駆け抜ける草原に立たされているような、そんな感情を覚えた。
少女は小さな唇を開く。
「銀色に輝く明星 の導 が此処 に貴方を呼んだ。純白の魂魄 から、新風 の香りがする」
爪先立ちになり、昴の胸元に手を伸ばす。手鞠と呼ばれた少女は、銀糸 の長い髪を揺らしながら、何かを掴もうと昴に触れた。
だが、それを遮るように手鞠の身体は軽々と持ち上げられる。
壁になるように立ちはだかる癖毛頭の男は、口元を歪ませて笑った。
「へぇ。見た事もない魂の形してんな。色も赤ん坊みたいに白いと来たか」
「……なん、ですか」
「あぁん? ただの品定めだよ」
手鞠を抱きながら、男は喉奥でくつくつ笑っている。先程までの異様な威圧感は息を潜め、玉座 に座 す王の如く風格を纏っていた。
男は手鞠を詩音に預け、来客用のソファに昴を促した。
「紫。こいつに茶と握り飯でも出せ。俺はコーヒー」
「生憎、ご飯はありませんからね」
呆れ混じりの溜め息をつきながら、紫は盆に湯呑と三種類のカップケーキを乗せ、昴の前に置いた。
見慣れた顔に昴は「あ」と声を漏らしてしまう。
「西園の隣に居た……」
「直接話すのは初めましてかな。花房紫だよ。よろしくね、昴君」
小動物めいた可愛らしい顔を砕けさせ、紫は花開いた笑顔を向けた。癒し系と呼ばれる由縁 が分かる柔らかさだ。昴は不慣れさにぎこちなく返した。
「はは……。ありがとう。頂くよ」
「なんだか、予想してたのと違ったなぁ」
「ん……? 予想?」
「昴君は女の子なら見境ないのかなぁ、って思ったんだぁ」
「えっ……」
美少女からの何気ない一言に昴は心の中で吐血した。確かに不名誉な呼ばれ方は嫌でも耳に入る。それを女に飢 えた童貞男という位置付けであることを、純粋さを体現したような紫にすら思われていたのだ。
艷 やかな女性の笑い声がデスクの方から聞こえてきた。
「ははは。なんだい、それ。ロールキャベツ顔して、こいつ童貞か。無駄にいい身体はしてるのにねぇ」
和服を基調とした変わった形の衣服を着た女性の胸は、はち切れんばかりに育っていた。鴉の濡れ羽色の長い髪を高い位置で一つに括った、グラマラス体型の美女は、駄菓子屋で売っているフルーツキャンディを咥えながら、昴を見下 していた。
彼女は良太郎に見せられた写真に映っていた女性だ。潔く詩音との繋がりに気付いた昴だったが、女性は昴を見て愉快そうに笑う。
「紫相手に珍しい反応するねぇ。大抵の男は紫相手に下心見え見えなんだけどさ」
「まあ、今日まで花房のことをよく知りませんでしたから」
「え……」
「ぶはっ!」
紫が絶句している姿を女性は腹を抱えて笑い出す。昴は訳も分からず困惑し、助けを求めようと詩音に視線を投げたが、詩音は手鞠を膝に座らせ、絵本を読み聞かせていた。
女性は席を立ち、昴に黒糖味の饅頭 を渡してきた。
「雲上 社 」
「へ……?」
「私の名前だよ。あんたの名前は?」
「み、宮盾昴です……」
饅頭を受け取り、昴は苦笑いを浮かべた。
社と名乗った女は、衝撃で固まる紫の肩を抱いた。
「私と詩音は峰玉の浄化屋で、紫はただのバイトだよ。で、紫は詩音のセフレ」
「ち、ちょっと! 手鞠ちゃんの前でそんなこと言わないでください!」
「ははぁん。何、正妻 ポジ狙ってんのかい? 貧乳には無理だよ」
「ち、小さくなんかないですから!」
「リンパに刺激与えれば女性ホルモンが活性化されるらしいよ」
「ひゃあ!? も、揉まないでください!」
ブラウスの上から紫の慎 ましい胸を揉みしだく社は、さしずめエロ将軍に相応しい人間像だ。
だが、社の顔は酷く嗜虐 的な残忍さを曝 け出している。エロ将軍ではない――彼女は正しく悪魔だった。
紫に忘れ去られていたコーヒーを最新式のエスプレッソマシンで淹れていた男は、苦し紛れな溜め息を吐き出す。
「昴って言ったな」
コーヒーの香りを楽しみながら、男は落ち着いた声音で語る。
「詩音の剣戟 、全部躱したんだな」
「それが一体……」
「浄化屋に入れ。お前に拒否権はない。今やってるバイトよりも収入は安泰 どころか、直ぐにタワーマンションの最上階に永住出来るぞ」
「収入がいいのは嬉しいですけど、ブルジョワ感満載な生活に興味ないですね」
金で釣り上げる気がありありと出ているのに、昴はかなり引いた。
男は昴の素直な反応に気を良くしたのか、豪快に笑い出す。
「……ふっくく。面白いな。欲しくなるじゃねぇか」
「いや、俺に男色 の趣味はないんで……」
「黒栖 翔馬 だ。峰玉の所長で一番偉い男だ。俺が言ったことには全て従って貰う」
傍若無人 で傲岸不遜 。自意識過剰な絶対的自信を重装備の如く分厚く身に纏い、翡翠の男――翔馬は言った。
「峰玉に入った暁には、お前が叶えたい願いを三つまで叶えてやる。浄化屋にしか出来ないことをやってみたいだろ?」
――それが当たりクジなら縋りたい。
金銭よりも美味しい条件に、昴は溜まった唾を飲み込んだ。飴玉が喉を擦り抜けるような違和感を感じ、握り締めた拳からしっとりとした汗が噴き出る。
その場からの吐き気は消えてなくなる。昴は閉じ込めていた願望が一斉に解き放たれるのを、身内 に感じていた。
「叶えられる保証はありますか?」
「ああ。保証ならある」
意味深い言葉のニュアンスに突っ張りでた違和感を翔馬は強調する。翔馬が断言出来る理由は現段階で計り知れることは出来ない。
だが、昴は一握りの希望が『浄化屋』に存在することが確かであることに気付く。
――当たりクジかもしれない。
「分かりました。俺でも出来るなら、浄化屋に入ります」
そこにあるのが『凶』だとしても、昴はこの出会いに運命があることを信じたい。
ただし、それは切欠として変われるならば。一縷 の願いを自分の力で掴む為に過ぎないのだから――。
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