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堕天使の選択1
「……久しぶりですね。こういう物を食べるのは」
「薄給ですから」
短く答えて、月也はハンバーガーに噛りついた。脅されて、ご馳走するのはこっちなのだ。これ以上、文句を言われる筋合いはない。
それに、と眼鏡越しに目を上げて言葉を続ける。
「こういう所って、オタクな話をしやすいですし」
こういう所――ファーストフード店を見回して、国崎は成程と頷いた。
相変わらずの無表情で、国崎はハンバーガーを口に運んだ。双方、しばし無言でハンバーガーやポテトを食べていく。
「じゃあ、オタクな話をしましょうか」
そう話の先に切り出したのは、国崎の方だった。
内心、安堵しつつも警戒は解かない。何か裏がある可能性があるからだ。
そんな月也に、国崎の引き結ばれた唇が微かに緩む。そして簡単ですよ、と言葉を紡いだ。
「あの子は、佐倉さんの財産の一部で……あの方は、貴方に譲りたがっていました。だから、私の所に相談に来たんです」
何故、そこまでと思ったのは一瞬だった。
独身だった香一郎の資産は今、弟――香一郎と月也を引き離した、あの男に引き継がれている筈だ。
「あのロボットは随分、話題になりましたからね。しかも、あれだけ綺麗なら色々と使い道もあるでしょうし」
国崎の言葉に、今更ながらにゾッとした。成人していない海棠は、男女問わず魅了するだろう。男自体にその気がなくても、欲しがられたらどんな下衆にでも高値で売り払いそうだからだ。
とは言え、感謝するのはまだ早い。
「それなら、説明書も読んだんですよね?」
「ええ」
「セックスをしたら、その相手しか受け入れない事も?」
直球な彼の質問に、国崎が微苦笑する。そんな相手を睨み付けるように見返して、月也はキッパリと言い切った。
「相手を殺すって解っていて、出来る訳ないでしょう?」
そして彼は手元のコーラを一気に飲んで、立ち上がった。
話は聞いたし、言いたい事は言った。もうこれ以上、国崎に付き合う義理はない。
だが――。
「ああ、出来ないんなら淋しいですよね?」
妙な納得をされて、月也は咄嗟に手元の紙コップを手に取った。
その動きを止めたのは、理性ではない。先程、中身を飲んでしまい、氷しか残っていなかったからだ。
「セクハラは、オタクより質が悪いと思いますよ」
精一杯の嫌味だが、相手はただ微笑むだけだ。
それから世間話でもするように、国崎は口を開いた。
「そうですよね。貴方は人形相手じゃないと、プラトニックなんて出来ませんよね?」
……高い音がしたと、思った途端に手が痛くなった。
国崎を引っ叩いたと気付いたのは、目の前の男の頬が赤くなっていたからだ。
店中の視線を集めて、我に返る。
そして一つ息を吐くと月也は踵を返し、ファーストフード店を後にした。
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