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天使と悪魔と堕天使と2

 ……目を開けた海棠は、枕元に置いてあるスマートフォンを手に取った。  これは、月也から渡されている物だ。何かあった時、これで連絡が取れるようにと――そして、留守電が入っている事に気付いて、海棠はパチリと瞬きをした。  耳を寄せて、内容を確認する。聞こえてきた月也の声、その内容に少年は次第に表情を曇らせていった。 『今日は夜、遅くなる。帰りの時間が解らないから、食事が終わったら先に休んでて。明日の朝、会えるのを楽しみにしてる』 「……月也、帰って来ないんだ」  ぽつり、と呟いて、知らず縋るように携帯電話を握る。  それから言われた事を守ろうと海棠はベットから降り、ガソリンの支度を始めたのだった。 ※  ……話は、少し前に溯る。 『今日は夜、遅くなる。帰りの時間が解らないから、食事が終わったら先に休んでて。明日の朝、会えるのを楽しみにしてる』 (上手く、言えてたかな)  職場の階段近くで通話を切った後、月也は自分が言った内容を振り返りながら思った。  一応、声に機嫌が悪いのが出ないように、意識して笑顔を心がけたつもりではある。自分が帰らないだけでも不安がるだろう海棠にこれ以上、心配をかけるつもりはない。 (ごめん、カイ)  心の中で謝って、月也は職場に戻ることにした。約束の時間まではまだ、時間がある。今はまず、仕事に専念しなくては。 “では今夜、七時に”  しかし、あの男――国崎の顔を思い浮かべた途端、眉間に皺が寄るのが解った。  ……そう、彼は怒っているのだ。あの二重人格な暴言魔に対して。 「ありがとうございました」  朝、満員電車の中で。礼を言った月也に、国崎から返されたのは沈黙だった。  痴漢など、大した事ではないと言うように振る舞ってくれているのか。気まずい雰囲気を、何とか善意に解釈しようとしたが――刹那、耳に届いた呟きによって彼の努力は無惨に打ち砕かれた 「そんな、淋しそうな顔をしているから」 「……は?」  聞こえてはいる。けれど、どう取るべきか解らなかった。そんな彼を無表情のまま見返してきて、国崎が言葉を続ける。 「欲求不満って事ですよ。あの子がいるのに、まだ満足出来ないんですか?」  やっぱり、そういう意味か――睨み返そうとして、月也はある事に気付いて息を呑んだ。  あの子とは海棠の事だろう。しかし、今の口ぶりだと国崎は海棠の存在だけではなく、その正体までを知っている事になる。 「あなた、一体」 「今は、その話は止めましょう。オタクのようですから」  淡々と言われて、月也は眉を寄せた。  確かに何も知らない者がロボットと聞いたら、漫画かアニメの話だと思うだろう。しかし、こういう切り返しをされるのなら、やはり国崎は海棠の事を知っているようだ。 「続きは夜に、話しませんか?」 「えっ?」 「貴方は、私に借りが出来た。貴方はそれを、返したいでしょう? 夕食をご馳走してくれますか?」  悪びれずに言う男に、月也は思わず拳を握った。これではまるで、脅しではないか。  ……しかし結局、月也は頷くしかなかった。悔しいが、相手の真意を確かめたい気持ちの方が勝ったのだ。 「解りました」 「では今夜、七時に」  答えて睨みつけた彼の視線の先で、不意に国東が双瞳を細めた。  明るく華やかな笑顔。整った顔だとは思っていたが、今までが全くの無表情だったので余計に眩しく見えた。  不覚にも一瞬、見惚れて――月也は、慌てて目尻を吊り上げた。そして駅に着くまでの間、彼はずっと国崎を睨んでいたのである。 ※  一方、月也のそんな事情など知らない海棠はパジャマのまま、一人でマグカップに注いだガソリンを飲んだ。  そしてもう一度、ベッドで大人しく眠ろうと――一時停止しようとした。  だが、しかし。 (眠ってからすぐ、月也が戻って来たら?)  そう思うと、海棠は『眠る』事が出来なくなった。  ……しばらく、ギュウっと力を入れて目を瞑り。  やがて一つ、大きくため息をつくと彼はタオルケットを被り、それを引きずりながら玄関へと歩いていった。 (……月也)  起きていたら、月也の言いつけを守らなければ、きっと怒られるだろう。けれど、海棠はここで座って、月也を待つ事にした。  ……ただ、月也の声が聞ければ。  一目でも顔を見る事が出来れば、それで良かった。

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