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悪魔の悪戯1
初めて会ったのは、十月の第二週――金曜日だった。
だから、月也はその日に『残業』をする事に決めた。
「残業……ですか」
「嘘じゃないでしょう?」
但し、国崎のという注釈がつくが――答えてハンバーガーに噛りつく月也に、国崎は微苦笑で応えた。
こうして会うのは、三度目。取り敢えず、相手の笑顔に腹を立てなくなるくらいには慣れた。
「本当に、貴方は強情ですね」
そう言われて、月也は無言で肩をすくめた。
強情。それは国崎から毎回、言われる事だ。ちなみに最初に言われたのは、彼の給料に合わせてのファーストフードでの逢瀬(しかも割り勘)についてだった。
「たまには、美味しい物を食べたくはないですか? ご馳走しますよ」
「友達で、それは変です」
会話は、そこで終わった。確かに自分でも強情だと思うし、おそらくだがこの仕事の報酬は香一郎から別に貰っているのだと解ってはいる。
だが、月也にはそんなことは関係ない。
貰ったら、それは国崎の金だ。それを、自分の為に使うなんて冗談じゃない。
意地を張っているとは、解っている。けれど一度、大嫌いだと思った男と、こうして友達になったのだ。これ以上の変化を、月也は望んではいなかった。
しかしそんな彼に、国崎はいつもの無表情で言ったのだ。
「よければ一度、彼に……海棠君に、会わせてくれませんか?」
――と。
※
「初めまして。橘さんの友人の、国崎です」
次の日、月也達のマンションを尋ねてきた男は、しれっとそう自己紹介した。
相変わらずの無表情に(海棠に気付かれないようにしつつ)同じく無表情で応えながら、月也は思った。
(よく、そんな事が言えるな……どれだけ、面の皮が厚いんだ?)
国崎は、動いている海棠が見たいと言ったのだ。そして会わせてくれないなら、別にいい。勝手に見に行くから、と。
この男の強引、かつマイペースぶりは知っている。やると言ったら、絶対にやるだろう。
脅迫だと解ってはいるが、月也は従うしかなかった。二人きりで会わせるよりは、こうして自分が立ち会った方が、まだマシだ。
「初めまして、海棠です」
少し緊張した様子で、深々と国崎に頭を下げてから海棠は振り返って月也を見た。
何かと視線で問いかけると、満面の笑みが返される。
「僕、コーヒー淹れてくるね」
そう言って、キッチンへと姿を消す――そうして、二人きりになったところで月也は国崎を睨み付けた。
「用は済んだでしょう? 帰って下さい。そしてもう二度と、あの子には会わないで下さい」
「何だか、離婚した夫婦のような会話ですね」
言われた内容に、頬が引きつる。
何故、この男はこんな風に、人の神経を逆撫でするようなことを言うのか。
「悪い冗談です」
「……そうですよね。夫婦ならせめて、これくらいしないと」
だから夫婦ではないと言い返そうとしたが、反論は叶わなかった。
……その前に唇を、国崎のそれで塞がれてしまったからだ。
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