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悪魔の悪戯2
まず最初に思ったのは、国崎は煙草を吸わないんだなということだった。
我ながら、冷静だなと思う。これが、国崎の新手の嫌がらせだとしたら、大間違いだ――初の勝利の喜びを、月也はしみじみと噛みしめる。
けれど、それは一瞬の事だった。
ガシャン!
派手な破壊音が耳を打ったのに、月也はハッと顔を上げ――そして、硬直した。
目を見張って立ち尽くす、海棠の姿を見て。
「あのっ、カイ、これは……っ」
国崎を押し退けながら月也は口を開き、だがそこで止まった。
何と言えばいいのか。慌てているせいで、上手い言い訳が思いつかない。
「すみません。驚かせてしまいましたね……挨拶のようなものですよ? 大人同士の、ね?」
そこで助け船を出してきたのは、意外な事に国崎だった。腹立たしいが、今の月也はそれに飛びつくしかない。
「……大人同士の、挨拶?」
「そう、カイ、そうなんだ」
「そう……なんだ」
少しの間、何かを考えるように俯いて、海棠は顔を上げた。その顔には、困ったような表情が浮かんでいる。
「ごめんなさい……月也。カップ、割っちゃった」
「いいんだ。俺こそ、驚かせてごめんな?」
安心させるように海棠に笑いかけて、自分よりも髪の短い頭を撫でてやる。
そして、海棠にほうきとちりとりを取りに行かせると、彼は国崎を睨みつけた。
(礼なんて、言わないからな)
もっとも、こんな事くらいで動じる男ではないけれど。
※
「どういうつもりですか?」
駅まで送ると言い、二人でマンションを出たところで月也は口を開いた。
足を止め、そんな彼を振り向いて国崎が言う。
「貴方こそ、どうしたんですか?」
相手から質問される意味が解らず、戸惑った。そんな月也に、男が言葉を続ける。
「貴方が、あんな事くらいで動揺するなんて」
「それは……同性から、あんな事をされたら」
言い返しながらも、心の中で否定する。
確かに、最初は同じ男である国崎からキスされても、別に何とも思わなかったのだ。それが、あんな風に慌てたのは――。
(カイに、見られたから)
口ごもった月也に、国崎が微笑んで言葉を続ける。
「嘘つきですね」
だが、その言葉は容赦なかった。微笑を浮かべたまま、彼は月也を追いつめる。
「貴方が強情なのは、変化を恐れているからでしょう? でも、お気の毒に。貴方は変わっていってますよ?」
「俺は、別に……っ」
「……そうですか?」
それだけ言って、国崎は止めていた足を踏み出す。
そんな彼の背中に、月也は口を開いた。
「……俺は、カイを守りたいんだ」
今度は国崎は足も止めず、振り返りもしなかった。
「貴方はそう、思って……いや、信じているんですね?」
それなら、良いんじゃないですか?
ただ、言葉だけで――今までのやり取りを、そんな風にあっさりと切り捨てて、国崎は駅へと歩いて行った。
その遠ざかる背中を、月也はただ見つめる事しか出来なかった。
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