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天使のキス2

 ……海棠は、息をしていない。それ故、吐息が触れてくる事はない。  だから月也の唇に、最初に触れたのは唇だった――暖かくて柔らかい、少年の。 「っ!?」  咄嗟に思ったのは、汚してしまうと言う事だった。それ故、海棠の肩を掴んで押し退けるように身を離す。 「あの……カイ、今のは」  動揺すると、人は訳もなく笑ってしまう。  そして心持ち引きつった笑顔のまま、月也は挨拶なのだと、昼間の言い訳を口にしようとした――だが、出来なかった。 「テレビで、観たよ……これって、好きな人同士がするんだよね?」 「あ……のな、カイ」  内心、焦る月也だったが、ふとある事を思いついた。それから、その考えに飛びつくように、言葉を紡いだ。 「確かに、そうだけど……こういう事は、大人同士がする事だから」  そう言った瞬間、海棠が大きく目を見張る。  そしてそのまま、月也を見返してきて言った。 「僕は……これ以上、大人にはなれないよ?」  僕は、月也を好きになっちゃいけないの、と。  感情の一切、抜け落ちた声と表情で、海棠は言った。  ……怒ったり、泣いたり。声を上げたり。そう出来るのは、まだ希望があるからだ。  僅かでも、そうすれば何とかなると思えるからこそ、人は抗える。  しかし、そんな希望すら持てなくなったら――抗う事なんて、出来ない。ただ、それを受け止める事しか出来なくなる。  それが、絶望なのだと――自分はよく、知っているのに。 「……っ」 「月也!?」  かけられた声を振り切るように、海棠に背を向けて立ち上がる。  そして、パジャマ代わりのスウェットの上にパーカーを羽織り。  月也は財布と携帯の入ったバッグを掴むと、そのままマンションを飛び出して行った。

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