12 / 32
天使のキス2
……海棠は、息をしていない。それ故、吐息が触れてくる事はない。
だから月也の唇に、最初に触れたのは唇だった――暖かくて柔らかい、少年の。
「っ!?」
咄嗟に思ったのは、汚してしまうと言う事だった。それ故、海棠の肩を掴んで押し退けるように身を離す。
「あの……カイ、今のは」
動揺すると、人は訳もなく笑ってしまう。
そして心持ち引きつった笑顔のまま、月也は挨拶なのだと、昼間の言い訳を口にしようとした――だが、出来なかった。
「テレビで、観たよ……これって、好きな人同士がするんだよね?」
「あ……のな、カイ」
内心、焦る月也だったが、ふとある事を思いついた。それから、その考えに飛びつくように、言葉を紡いだ。
「確かに、そうだけど……こういう事は、大人同士がする事だから」
そう言った瞬間、海棠が大きく目を見張る。
そしてそのまま、月也を見返してきて言った。
「僕は……これ以上、大人にはなれないよ?」
僕は、月也を好きになっちゃいけないの、と。
感情の一切、抜け落ちた声と表情で、海棠は言った。
……怒ったり、泣いたり。声を上げたり。そう出来るのは、まだ希望があるからだ。
僅かでも、そうすれば何とかなると思えるからこそ、人は抗える。
しかし、そんな希望すら持てなくなったら――抗う事なんて、出来ない。ただ、それを受け止める事しか出来なくなる。
それが、絶望なのだと――自分はよく、知っているのに。
「……っ」
「月也!?」
かけられた声を振り切るように、海棠に背を向けて立ち上がる。
そして、パジャマ代わりのスウェットの上にパーカーを羽織り。
月也は財布と携帯の入ったバッグを掴むと、そのままマンションを飛び出して行った。
ともだちにシェアしよう!