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守護堕天使2

 ……それは、確かに事実だった。  旧家の次男坊だという父は、ホステスだった母と知り合い、恋に落ちた。  そして、自分の子を(つまり、月也を)身ごもらせたが、結婚が許されないという理由で、駆け落ちしたのだと言う。  けれど、不自由ない生活を送っていた父には『働いて、妻子を養う』という生活は苦痛だった。  それは派手な生活をしていた母も同様で、彼女は『苦労しながら、子供を育てる』という生活に、耐えられなかったのだ。 (どうして、こうなった……?) (この子のせいよ……この子さえ、いなければ……っ)  結果、両親は不平不満を全て月也にぶつけた。  そしてそれは、突然の事故で二人が死ぬまで、続いたのだ――。 「そう、ですか」  月也は短く、それだけ答えた。  普通なら、勝手に調べられた事を怒るべきなのかもしれない。  だが、国崎の言葉を聞いて、彼が感じたのは安堵だった。そして、その事に自嘲する。 (忘れているつもりだったけど)  自分は案外、過去の事にこだわっているらしい。知られている事でまず、相手に隠し事をしているのだと、罪悪感を持たなくてもいいと思ってしまうくらいに。 「……そこで、笑いますか」  そう言って、国崎は重傷ですね、と呟いた。 「何ですか、それは」 「言葉の通りです。貴方は何も、解っていない……いや、解ろうとしていない」  彼の事も、そして貴方自身のことも――続けられた言葉に、月也は顔を上げた。それから国崎の双眸を見据えながら、言った。 「それなら、あなたには解るんですか?」  解る訳がないと思った。男が知っているのは、単なる事実だ。  人が、自分以外の人間の事を全て理解するのはありえないし、もし、出来ると言うのならそれは傲慢でしかない。  知らず、きつくなった口調と眼差しを受けて、国崎が口を開く。 「キスされて、欲情したんでしょう? 同じ男に、しかもロボットに」 「……違う!」  叫ぶように言い返して、月也は男を睨みつけた。  それから息を吐き、前髪を乱暴に掻き上げると今度は静かな、静かな声で言った。 「そんなに、人を欲求不満にしたいのなら……いっそ、あなたが慰めてくれればいいでしょう?」  息を呑む相手の気配に、月也は唇の端を意識して上げた。国崎の驚いた顔を見て、ああ、自分はうまく笑えたんだなと思う。 「それとも、口だけですか?」  挑発する言葉に、返されたのはため息だった。  それから、その顔を月也に近付けて――国崎は、唇を重ねてきた。  昼間と同じだ。何も感じない。同じキスだというのに。 (……だから、平気だ)  どうせ、男相手は初めてではない。  それにこれ以上、海棠との事に口を挟まれたくはない。いや、目に触れさせる事も、頭に思い浮かべられるのも、嫌だ。 (綺麗な、綺麗なカイ)  そう、ずっと自分が、守るのだ。世の中の醜さを知らない海棠が、いつも明るく笑っていられるように。 (だから、悲しまないで欲しい)  自分は、もっと強くなる。過去にも現実にも、心乱されないくらいに、強く。だから……。 (カイ)  その名前を、祈るように胸に抱いて――ソファに押し倒されながら、月也は目を閉じた。

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