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審判の日1

 自分以外の柔らかい熱がこめかみを、頬を、首筋を伝う。  思っていたより、体温が高い――ぼんやりとそんな事を考えながら、月也は天井を見上げていた。 「やっ……」  スウェットを下のシャツごとたくし上げられ、露にされた胸の先に口付けられた途端、つい拒絶めいた声を上げてしまう。  それを誤魔化そうとして、月也は相手の背中に腕を回し、力を込めた。  大丈夫――これでもう、逃げられない。  相手に、そして自分に言い聞かせるようにそう思い、月也は再び、目を閉じた。すると。 「貴方は……私を、最低な強姦魔にするつもりですか?」 「……?」  どういう意味だろう? 腕を回した時点で、この行為は合意の上と見なされる筈なのに。  言われた事の意味が解らず、目を開ける。  ……今、月也は眼鏡をかけていないが普段、職場にかけていっている眼鏡は伊達だ。  それなのに刹那、視界がぼやけて見えて、月也は慌てて目を擦り、呆然とした。 (何、で) 「確かに、男同士なら強姦ではなくわいせつ罪でしょうが……私的には、有罪です。貴方を、泣かせてしまったんですから」  ため息混じりにそう言ったかと思うと、不意に国崎は手を伸ばし、パンと軽く月也の両頬を叩いた。  そしてそのまま月也の頬を包み込み、目線を合わせてきて。 「平気なのと、我慢出来るのとは違うんですよ? 泣くくらい嫌なら、私を殺すくらいの気持ちで抵抗しなくては」 「殺す気って……」 「有罪だと言ったでしょう? 同意を得ない性行為には、当然の報いです」  過激な台詞に、しばし呆然とする。それからハッと我に返って、 「嫌なんかじゃ」  反論しようとしたが、無言で見返されて断念した――涙が止まらない。これでは何を言っても、説得力がないではないか。  そんな彼の服を直しながら、国崎が言葉を続ける。 「我慢しても、それは乗り越えた事ではないんですよ……全く、そんな事も解らないなんて」  馬鹿ですね、と続けられたのに月也は口をへの字にした。  悔しいが、言い返せない。そして言い返せないが、悔しくてたまらなかった。  ……ポン、と。  そんな彼の頭に、国崎の手が置かれる。  二度三度、撫でるように叩いてきたかと思うと、仕草と同じくらいに優しい声が降ってきた。 「どうしようもなく頑なで、馬鹿ですが……一つだけ、褒めてあげますよ」  そして、顔を上げた月也に双眸を細めて見せて、国崎は続けた。 「貴方が選んだのは、自分が傷つく事だった……誰かを傷つける事ではなく」  たとえ、それが間違っていても、その事だけは褒めてあげます――と。  そう言った国崎に対して。 「……偉そうですね」  つい憎まれ口を叩いてしまった月也だったが、我ながら駄々っ子のようだと思った。  一度、止まった涙はまた溢れてくるし、相手の言葉に気が抜けて頬が緩んだりと、もうグシャグシャだからだ。 「偉い訳ではないんですが……こういう口をきける立場では、あるんですよ?」 「?」 「まあ、抱くよりは抱かれたいと言うのもあるんですが……だから、貴方が拒んでくれて良かったですよ。あれ以上は、流石にマズかったですからね」  相変わらずの妙なカミングアウトに戸惑うが、それなら男の月也に手を出そうとした事が問題ではないだろう――それ故、相手の言葉の意味が掴めずに月也は眉を寄せた。  そんな彼に微笑んで、国崎は答えた。 「実は私、橘さんの叔父さんなんです」 「……は?」  天気の話でもするようにあっさりと、とんでもない事を。

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