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楽園のドア1
……ドウシテ?
ドウシテボクガ、ツキヤヲ……?
一歩、部屋に踏み入れた足が止まる。
倒れたテーブル。粉々に砕けた食器。引き裂かれたカーテン――思いがけない惨状に、月也は息を呑んだ。
「カイ……カイっ!?」
何処にいるっ!?
強盗か、それとも――いざと言う時の為に、バックを持ち直しながら少年の名前を呼ぶ。と、寝室の方からカタリ、と小さな音がした。
「……カイ!」
安堵して駆け寄り、ドアを開けて――硬直する。
「ツ……キ、ヤァ」
何かを堪えるように抑えた声。
そして、頭から被った毛布の下から覗くのは、泣いたように赤い瞳だった。
(熱暴走……どうして!?)
説明書にあった症状に一瞬、呆然とするが、すぐにそんな場合ではないと思い至る。
とにかく海棠に近付こうとしたが、何気なく伸ばした手は次の瞬間、当の海棠本人によって払い除けられた。
痛みはない。けれど、相手に拒絶されたという事実に、月也は息を呑んだ。
そして続けられた言葉に、彼は更に打ちのめされることになる。
「……ボクニ……チカヅカ、ナイデ」
振り絞るように言葉を紡ぎ、毛布を被ったまま、海棠が後ずさる。
拒まれ、動けなくなった月也をその真紅の眼差しで見つめながら、少年は尚も言い募る。
「コナイ、デ……ボクニ、ツキヤヲキズツケ、サセナイデ?」
いつもの澄んだ声とは違う、軋んだ、機械音に近い声――音。
だが、その音が紡ぐものは一体、何だ?
熱暴走が始まったら、ロボットはまさしく暴走する。そして、自己防衛の為に人間を求めるのだ――その筈なのに。
それなのに、海棠は月也を拒絶している。
「ボ、クハ……ツキヤ、ガ、スキナンダ……ヨ?」
たとえ、作られたものだとしても――その心を、そして月也を守る為に彼を拒み、そして壊れようと――死のうと、しているのだ。
※
……ドウシテ?
ドウシテボクガ、ツキヤヲカナシマセテルノ?
デモ……デモ……。
(罰が当たったんだ……月也の言いつけを、破ったから)
離れていると、淋しくてたまらなかった。
一緒に眠る時、いつまでも月也の寝顔を眺めていたかった。
だから眠ったフリをして、ずっと起きていたのだ――そのせいで、熱暴走 になってしまった。
自分が、月也を悲しませている事は解っている。そして同時に、この気持ちを捨ててしまえば楽になれるという事も。
けれど、海棠にはそうする事は出来なかった。
……たとえこの気持ちが、作られたものだとしても。
自分は――月也が好きで。
好きで好きで、どうしようもなくて……。
袋小路に迷い込みそうになっていた海棠の思考を、引き止めたのは――彼の肩を掴んだ、月也の手だった。上げた視線の先で引き結ばれた、形の良い唇だった。
「……ツ」
何か言おうとする海棠の唇を、その唇が塞ぐ。
いや、それだけでは足りないというように舌を差し込まれ、海棠の舌を捕らえて絡み、吸い上げる。
「……同情?」
呆然とする海棠の前で、ポツリと月也が呟いて笑う。
そして、自分が濡らした海棠の唇に舌を這わせてから、月也は言葉を続けた。
「同情なんかで、お前の一生なんて縛れないよ」
「……ツキ、ヤ?」
「俺を、裏切らないで……絶対に、置いていかないで 」
そう言いながらスウェットを脱ごうとした月也に、海棠は慌てて首を振った。
「ツキヤ! ボク、ハ……ウラギッタリナンカ!」
「……カイじゃないと、駄目なんだ」
海棠の制止の声を無視して、月也が上半身裸になる。そして、その白くてしなやかな腕を海棠の首に回した。
……その腕が、微かに震えている事に気付いて、海棠は目を見張った。
※
自分の腕の中で、海棠が緊張しているのが解った。
それについ、揺らぎそうになる心を振り払うように、抱きしめる腕に力を込めて月也は言った。
「カイが、好きなんだ」
未だ、己に対する嫌悪感はある。
『死にかけている』少年を引き止める為という、大義名分もある。
けれど、そのどちらも月也は口にしなかった。そんな事を気にしている余裕など、彼にはなかった。
……今の月也の中にある、ただ一つの真実は。
「カイが、欲しいんだ」
そう言うと、月也は再び海棠の唇に自分のそれを重ねた。そして、そのまま少年を床に押し倒しながら言った。
「だから……な? カイを、ちょうだい?」
呆然と月也を見上げていた視線が、不意に泳ぐ。何か、勘違いされてしまっただろうか?
そんな海棠を愛しげに見下ろして、月也は笑った。
「傷つけたりなんて、しない……俺を抱いて、俺だけのものになって?」
笑いながらそう言うと、月也は三度 海棠に口付けてその服を脱がしていった。
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