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だから、永遠 ~伝えたくて聞きたくて~

 貴方もご存じの通り、私は弁護士です。  信じる信じないはそちらの勝手ですが、それなりに有能ですよ? 加えてこの見た目に働き盛りとくれば、周りが放っておいてくれないのはまあ、仕方のない事ですよね?  自意識過剰ですか? 単なる事実なんですけどね。  でも、やっぱり貴方は大人ですね。  廉にはもっと、ハッキリと言われましたよ。 「あんたみたいなのを、ムッツリスケベって言うんだっ!」  きっぱりとそう言って、廉は手にしていた箸を膝に置き、悔い改めよというようにビシッと私を指差しました。  その様子が何とも可愛くて仕方なくて、私は思わず笑ってしまいました。 「ムッツリではないと思いますよ? 別に、男が好きな事もネコな事も隠してませんから」  力説する廉に、私は一応の訂正を試みました。けれど、彼は納得してくれませんでした。 「見た目が真面目で優しそうな辺りが、ムッツリなんだ。だから周りの人達は、あんたに騙されるんだ!」 「……ありがとうございます」 「褒めてないっ」  お礼を言った私を廉は直ぐ様、一喝しました。けれど笑うだけで全く動じない私に、これ以上、言っても無駄だと悟ったのか、口をへの字に曲げながら視線を逸らし、昼食を再開しました。 ※  ……次の日、昼休みに私はあの公園に向かいました。  そんな私を、桜の木の下にいた廉が前の日同様、迎えました。  とは言え、前日の抱擁と告白のせいか、彼の顔に笑顔はありませんでしたけどね?   膨れっ面のまま、それでもお婆さんが作ったというお弁当のおかずを、私に分けてくれました。  お昼を食べながら。そして次の日も、そのまた次の日も、私は公園に通って、桜を眺めている廉に話しかけました。  履歴書が作れるくらいには、自分の事を話しましたかね? おかげで彼のフルネーム――本郷廉(ほんごうれん)と言うんです――と、十八歳だと言う事、それから今はお婆さんと二人暮らしだと言う事が解りました。 「ところで、廉? あの写真はまだ、頂けないんですか?」  別れ際、私はいつもそう尋ねました。そして、やはりいつも、廉はこう答えました。 「やらない! 京は、友達じゃないからっ」  最初に友達よりも恋人に、と言ったせいか、廉は頑なに二人で撮った写真を渡すことを拒みました。  仕方ない、と思ってましたよ。私はよく、廉を怒らせてましたからね。  勿論、怒らせたい訳じゃなかったんですが、悔い改める気はまるでありませんでした。  何せ、廉はゲイではないですし私の方が年上ですからね。綺麗事だけ言っている余裕なんて正直、ありませんでした。  私は、廉の事が知りたかったんです。そして、私の事も知って欲しかったんです。  ……自分で思っていた以上に、色々と気にしていたんですよね。  それを気付かせてくれたのが、佐倉さんでした。 「そんなに焦っては、逃げられてしまうよ?」  そう言って、佐倉さんは微笑みました。  年を取っても美形、と言う事はよく聞きますが、あの人は違いましたね。そう、年を取るごとに魅力的になる、という感じでした。  彼からの依頼を受けたのは、ちょうど廉に会った頃でした。  貴方もご存じの通り、勘の良い人でしたからね? 最高の相談相手になるのに、そう時間はかかりませんでした。 「私は焦り過ぎてるんでしょうか?」 「ああ、すまないね。別に、止めるつもりはないんだ。私は、そんな事を言える立場ではないからね」  息子、いや、下手すると孫ほども年の離れた私に、老人は素直に謝ってくれました。  それに私は恐縮し、慌てて手を横に振りました。  佐倉さんは初めて会った時、私に年下の、しかも同性の愛人に対する想いを、包み隠さず語ってくれたんです。 だからこその謝罪だったんでしょうが、佐倉さんの告白は私にとって、高額な依頼料以上に価値がありましたからね。それこそ、私を止める権利こそあれ、謝られる必要なんて欠片もなかったのです。  私の言葉に、佐倉さんは笑みを深めました。 「そうか……では、これだけは聞かせてくれるかい?」  そう言って、佐倉さんは真っ直に私の目を見つめ、言葉を続けました。 「知りたいと思う気持ちは解る。だが、全てと言うのはどうだろう?」 「無理ですか?」 「無理だとは言わない。けれど全部、知る事は良い事だろうか?」 「……えっ?」  質問の意味を掴みかねて、私は思わず戸惑った声を上げました。  そんな私に佐倉さんはそれ以上、何も言わず、ただ静かに微笑みました。 ※  佐倉さんと会った次の日は、生憎の雨でした。  それでもいつも通り、傘をさして公園に向かった私は、驚きました。  同じように傘をさして、廉が来ていた事にではありません。  雨に濡れ、花弁を散らしていく桜を眺めている廉の方から、私に話し掛けてきたからです。 「京? 永遠ってあるのかな?」  桜の木を見上げながらポツリ、と廉は尋ねてきました。木を見上げる目だけはやはり、哀しげなままでした。 「残念ながら、形のあるものは無理ですね」 「じゃあ、形のないものは?」  続けられる質問に、私はしばし考えました。嘘や誤魔化しは言えない。それは直感でした。 「私に言えるのは……憎しみは、永遠ではないということです」  私がそう答えた途端、廉が弾かれたように目を見張り、顔をこちらに向けてきました。  その見開かれた瞳を、見つめ返しながら。 「魂は、死んだ事がないから解りません。愛も……残念ながら」  そう言って、けれど、と私は続けました。 「……憎しみは、死と共に消えるんですよ?」

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