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だから、永遠 ~君が私を~

 私は初子さんと共に中へと入り――しかしやがて、つ、と眉を顰めました。 (ここは……?)  慣れた足取りで初子さんが進んで行くのは、一般病棟ではありませんでした。  最初は廉の実家の事を考え、個室なのかと思いましたが――すぐに私は、自分の考えを打ち消しました。 (……病室と、言うよりも)  並ぶ扉を見て、浮かんだのは『研究室』という単語でした。  そして幾つかの門(ゲート)を通り、その扉の一番奥で足を止めて、初子さんは振り返りました。 「……私は年寄りなので、詳しい事は解らないですけど」  そう言って、バックから取り出したカードキーを通し。 「まるで、魔法みたいだと思いません?」  開けられた扉――その部屋の中心にある物を見て、私は目を見張りました。  真っ白い部屋、その中央にあるのは棺――そして、その中で静かに眠るのは。 「廉……?」  私が、会いたいと願っていた廉でした。 ※  その頃の私は、佐倉さんから彼の『遺産』を見せて貰っていました。  ……都市伝説だと思っていた、人間そっくりのロボット。  だから、そんな物まで作られるくらいですから、科学の進歩はかなりのものだと――頭では、解っているつもりでした。  けれど、私が棺だと思ったのがカプセル型の機械で。  そこに横たわっている廉が、眠っているだけだと(カプセルの周りにある機械はゆっくりと、けれど確かに動いていました)気付いた時、私は思わず初子さんを見返していました。 「……廉の病気が解った時、進行を止める為と治療出来る技術が整うまでの間、機械で冷凍状態にして眠らせるという話が出たんです」  そんな私の疑問に、初子さんは答えてくれました。 「完治に何年、あるいは何十年かかるか解りませんし、何より廉本人が嫌がりました……いえ、絶望していたと言う方が正しいんでしょうね」  勿論、ご両親は自分達の無神経な発言について、廉に謝ったそうです。  しかし、彼は聞き入れず――治療の為ではなく、最期を迎える為に東京に来たのだと初子さんは言いました。 「……私には、廉を止められませんでした」  悲しげに呟いた初子さんは、ですけど、と言葉を続けました。 「あの日、帰ってきた廉は私にこの写真を見せてくれました……そして、あなたに渡すように言いました」  そう言って、差し出してきたのは――私と廉が映っている、あの写真でした。  写真を見て、私が最初に思ったのは廉が何度も言っていた事でした。 「京は、友達じゃないから!」  そう言って、頑なに私に写真を渡す事を拒んでいたのに――眠りについた彼が、私にこれを渡したという事は。 (三行半……という事でしょうか?)  だから私は、あれ程、欲しがっていた写真に手を伸ばす事が出来ませんでした。  そんな私を見つめながら、初子さんは言いました。 「そんなに怖がらないで下さいね……多分、あなたが考えているのとは違いますから」  驚いて見返した私に、一旦、写真を下ろして初子さんは続けました。 「あの日まで……廉は、あなたと会っている事を私に内緒にしていました。おそらく、会うのを止められたくないと思ったんでしょうね」  初子さんの話を聞きながら、私は無理もないと思いました。  年齢差でまず不安を与えるでしょうし、弁護士と言う職業も――今は教師や警察官でも、間違いを起こす時代ですからね。 「でも、あの雨の日……濡れて帰ってきた廉は、私に言ったんです」  そこまで言って、何かを思い出したように笑い――それから、ごめんなさいね、と何故だか私に謝ると、初子さんは言いました。 「……スゴい、バカな奴がいるんだって」 ※  傘を置いて帰った、あの日――廉は、私と会っていた事を初子さんに話したそうです。 「京は、永遠はないって言うんだ……それは、間違いじゃないかもしれない」  そこまで言って、濡れた髪を拭いていたタオルの下から、目を上げると。 「だけど、だからって俺が勝手に終わらせちゃいけないんだ。永遠じゃないかもしれない。俺が眠ってる間に、京の気持ちは変わるかもしれないけど」  ……そこで少し、赤くなって。  タオルの端を掴んで俯き、廉は治療の手段が見つかるまで眠る事にしたと言ったそうです。 「だって京は、初めて俺を……選んで、くれたから」  そして廉は自分の鞄から一枚の写真を取り出し、顔を上げたそうです。 「これ、京に渡して伝えて? 友達じゃないからなって」  そう初子さんに言った廉は、晴れやかに笑っていたそうです。  おそらく、それはあの雨の日――別れ際に私に見せてくれた笑顔と、同じだったのでしょう。 ※ 「……友達じゃ、ない?」  写真を受け取り、廉の言葉を口にして――私は、彼の眠る機械へと向かいました。そして、手にした傘をそっと床に置き、機械の傍らに膝を付きました。  本物の棺のように、その機械も廉の顔をガラス越しに眺められるようになっていました。  それ故、眠る彼を見下ろしながら、私は話し掛けました。 「逆ですよ、廉……貴方こそ、初めて私を選んでくれた」  ……私は、血を分けた父母からも顧みられなかった子供なのに。  そんな私の為に、廉は死を振り払ってくれたのです。一人、孤独に耐える事を選んでくれたのです。 「答えをくれなかったのも……私に『永遠』を与えてくれる為ですか?」  問い掛ける形を取りながらも、私は自分の考えを確信していました。  仮に私が死んだ後も、廉が眠り続けていたとしたら。  ……そうしたら、真実という『終わり』はないのです。  そう、私の母の真意が今も解らないように。あるいは余命僅かな佐倉さんに、手紙だけを残して姿を消した愛人の本心が解らないように。 “無理だとは言わない。けれど全部、知る事は良い事だろうか?”  佐倉さんがあの時、私に言いたかったのはこの事だったのでしょう。 「貴方がくれたから……だからこれは、私にとっては『永遠』です」  言いながら、私は誓うように自分の胸に手を当てました。  ……憎しみは、永遠ではありません。その考えは、今でも全く変わりません。  ですが、私の廉へのこの想いは――愛は、永遠なのだと。その瞬間から、そして今もずっと、私は信じているのです……。 ※  ……ああ、眠ってしまいましたね。  安心して下さい。貴方が薄情な訳ではないですよ? さっき私がお茶に、アルコールを混ぜたからでしょうね。  それにしても、少しお酒に弱いんじゃないですか? 疲れているだけならいいですけど、元々が弱いのなら気を付けた方が良いですよ?  ……起きませんね。  海棠君には連絡しておきますね、橘さん。  それにしても、職場での人間関係に疲れたからって、私の家に来るなんて。心配させないようにと言ってましたが、余計に彼を不安にさせるんじゃないですか?  まあ、彼も私のところなら……それに廉も貴方なら、許してくれるでしょう。  何しろ、貴方は私の甥っ子ですからね。  前にも話しましたよね、廉。だから、心配しないで下さいね?  それともこんな写真経由ではなくて、直接、伝えに行きましょうか……橘さんが持ってきた、初子さんの店のお菓子を見たら、また貴方に会いたくなってしまいましたよ。  ……あれから二年、経ちましたね。  ご存じの通り、私の貴方への気持ちは変わっていませんよ? いえ、ますます強くなったと言うのは、変わった事になるんですかね?  照れ屋な貴方に言ったら、真っ赤になって怒ってしまいそうですけど。  あなたが、目覚めた時――出来る事なら直接、私は会いたいんです。それから傘を返して、私は貴方に伝えたいんです。  必要だから、ではなくて。  廉だから……だから、この気持ちは永遠なんですよ。

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