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『初めて』体験記

海棠×月也 ※  月也から、おこづかいは貰っているんだけど。  自分で働いて、バレンタインのプレゼントが出来たらもっと、僕の気持ちが込められるんじゃないのかな?  ……そう思ってはいたけど、年や経歴の問題があるから諦めていた。 「それなら、うちの店を手伝って貰いましょうか? お礼は、現物支給になりますけどね」 「ワンッ!」  だけど、すっかり仲良くなった和菓子屋のお婆さん――初子さんと、犬のマツのおかげで僕のバイトは決まったんだ。  心配をかけないように、月也には昼間、お店の手伝いをしに行くと伝えて。朝、月也を仕事に送り出した後、僕は自分のエプロンを持って、店へと向かった。  洋菓子屋さんとは違うし、ひっそりとした場所にある店だから、たくさん来る訳じゃない。  だけど常連のお爺さんや奥さん、あとはマツがお客さんを連れて来てくれるから、僕は教わった通りに対応した。 「いらっしゃいませ!」  挨拶は元気良く、だけど押し売りは厳禁で――お客さんは『選ぶ事』も楽しんでいるからだ。  でも、質問には答えられるようにメモを貰い、それでも解らない時は初子さんに確認した。  ……僕はロボットだから、感情で時間律が変わる事はない。  あっという間に終わる事も長々と続く事もなく、一秒一分一時間、目に見えない時は僕の内で正確に流れていく。  だけど、いや、だからこそ。 「かしこまりました!」  お客さん達、そして初子さんとのやり取りが時間と同じように僕の(なか)に積み重なっていく。  その感覚を心地好く感じながら、僕は店を出ていくお客さんに頭を下げた。 「ありがとうございました!」  ……こうして、連休明けから四日間の僕の初めてのバイトは終わった。  そして、最初の約束通りに――初子さんが作ったハート型のどら焼きを手に、僕は走って帰宅した。

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