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謡声
海棠×月也
※
師走だからと言って、忙しいのは師匠(住職)だけではない。現に派遣社員である月也も、残業や土曜出勤などと慌ただしい。
これを乗り切れば、楽しい年末年始が待っている。それは、解っているのだが……。
「……ただいま……」
「お帰り、月也……お疲れ様!」
しかし頭で解っている事と、行動で示せるという事は別だ。
だからその日、すっかり日が暮れ、店も閉まって久しい頃に帰ってきた月也の声は力無く、重かった――それでも、出迎えてくれた海棠には何とか、笑って見せたが。
(……夜ご飯、消化のいいものにしておいて良かった)
だから部屋に戻る彼の、疲れた背中を見送っていた海棠がその時、何を思っていたのかを月也は知らない。
そして、月也に気付かれないように、こっそりと拳を握り。
食後のお茶を何にしようか考えつつ、海棠は台所へと向かった。
※
……歌声が、耳をくすぐる。
柔らかく耳に響く、綺麗な声。いつまでも、ずっと聞いていたくなるような――。
「子守歌……?」
「うん、そうだよ」
「……って今、何時だっ!?」
呟きに、優しく返される答え。
髪を撫でる手に、また眠りそうになったが――そこで月也はふと引っ掛かり、次いで目を見開いた。
そんな彼の視線の先で、海棠が笑う。
「まだ三時だよ。今日は休みだから、ゆっくり寝てられるよ?」
「……ごめん、カイ」
謝ったのには、理由がある。
月也も、そして海棠も裸で――つまりはそういう行為の最中に、彼はぐっすり熟睡してしまった訳だ。情けなさに、思わず掌で顔を覆う。
そんな月也を抱き寄せて、海棠が宥めるように背中を撫でてくる。
「疲れてる時は、ちゃんと休んで? また明日から、頑張らなくちゃだし」
……彼の方が年上なのに、すっかり甘やかされている。
けれど、恥ずかしいがそれ以上に嬉しくて――月也は、海棠の肩に頭をすり寄せて、目を閉じた。
そんな彼の頭を撫でながら、海棠はまた歌い出した。
大きくはない、けれどよく通る澄んだ声。
耳を優しくくすぐるそれに、我知らず頬が緩む。
海棠が歌っている子守歌は、知ってはいたがこんな風に歌って貰うのは初めてだ。
……彼の両親は、子守歌など歌ってはくれなかったし。
香一郎も他の事なら大抵、何でもしてくれたが――音痴だからと、月也に子守歌を歌う事だけは出来なかった。
「ゆりかごの夢に、黄金の月がかかるよ」
月也の為の、彼の為だけの子守歌。
「ねんねこ、ねんねこ、ねんねこよ」
柔らかい声音が、優しいぬくもりが、ひどく心地好くて。
再び訪れた睡魔に、今度は素直に身を委ねて――月也は、安らかな眠りに落ちた。
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