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第33話「カイルとの関係」

 追跡者の影が見え隠れする中、カイルとルーチェはテキサス州の北東部にある街に辿り着き、そこで生活していく事を決めた。  そこはカイルが幼少の頃過ごした街から、数マイルしか離れていない場所だった。  現在、襲撃事件のあったエマーソン家は取り壊され、全く別の建物が建っているのを確認したカイルは、少し複雑な気持ちでルーチェに思い出を語った。  そこで生活していく為に、当初、IDを偽って就職するつもりだったカイルだったが、中々決まらず、結局、軍のコネを使い、外科病院で日勤の医師として働き始めた。その近くに建つアパートメントの一室が、ルーチェの主な拠点となった。  その生活が始まって間もない頃、カイルのスマートフォンが着信を告げた。見知らぬ電話番号を不信に思いながらも応答すると、相手はFBIシアトル支局に勤務する、スティーブン・ランター上級捜査官だった。 「実は僕の個人のPCがサイバー攻撃を受けてね。…僕は誰かに監視されてるらしい。」 「大丈夫なのか?」 「君やルーチェの情報は元々入れて無かったから、君達の件は大丈夫だよ。…今は一応、大丈夫な回線を使ってるけど、長時間は話せないかな。でも、どうしても話しておきたい事があって…。」 「何があった?」  ランターからの連絡は殆どが危機の報せだと踏み、カイルは緊張を走らせる。 「…ニューヨーク支局からの情報なんだけど、とある売春宿で遺体無き殺人事件が起きたんだ。」  唐突な内容に、カイルは困惑させられる。 「遺体無き?」 「うん。…東洋系の若い男娼が殺されたって、客からの通報だったんだけど、駆け付けてみたら遺体はなくて、何かの間違いだって事になったんだ。それでも地元の警察が一応捜査したら、変な液体が押収されてね。人が溶かされた可能性があると言って、FBIの管轄になったんだ。…その液体を調べた結果、あの島の研究棟で発見された液体のひとつと、一致する事が分かった。」  冒頭部分で、自分達には関係ない話なのかもと思ったカイルだったが、やはり無関係ではないのだと直ぐに把握する。 「殺されたのは、あの島で造られた人造人間?」 「そう。しかも、君のお兄さんがベースになっていたタイプだと思われる。…暗殺者が侵入したと思われる時間の、監視カメラの映像は消されていてね。他に証拠はないけど、事件は確実に起きていたと捜査当局は睨んでいる。」 「それじゃあ、その売春宿を辿れば、グレイソンを追い詰められるって事だな?」 「そう甘い話でもなかったんだけどね。…兎に角、ルーチェは暗殺者の対象になっているのかも知れない。追手は直ぐ近くまで来てるかも知れないから、用心して欲しい。それを言いたくて、今日は連絡したんだ。」 「暗殺者は想定してなかたよ。…ハッキングもルーチェ絡みなんだろ?未だに迷惑掛け続けて、悪かったな。」 「ハッキングは多分、グレイソンの関係者か、逃げ出した人工知能がやった事だろうと、僕も思っているけどね。暫くは囮にでもなったつもりで行動するよ。…君に会ってはいけないと思うと、とても残念だけど。」 「ああ、そうだな。…それじゃあ、気を付けてくれよ。」  電話を切ると、ルーチェが不安そうな目を向けて来た。 「心配するな。俺が必ず守ってやるから…。」  カイルは軽くルーチェの頭を叩くと、笑顔を見せて不安を取り除いてやる努力をした。  ルーチェに必要最低限の外出のみという約束を守らせ、平穏無事に過ごす日常は続けられた。ランターからの連絡から三ヶ月が経ち、八月を迎えたが、今の処、何の危機も感じられない。 「…α(アルファ)は群れのリーダーで、αに噛まれると同様に狼人間になって、β(ベータ)と呼ばれる存在になるんだ。群れから外れて一人ぼっちになると弱くなって、ハンターに殺されやすくなる。それがΩ(オメガ)って奴。」  とある夕食の時間、ルーチェは最近見嵌まっているというティーン向けのドラマの話を語り始めた。普通よりも少しイケてない高校生の主人公が狼人間に噛まれ、狼人間になってしまうというストーリーで、視聴方法は定かではないが、一気見をしているようだった。 「じゃあ、おまえはΩだな。」  カイルが判定を下すと、ルーチェは不満気な顔をした。 「このドラマの主人公も、最初はΩとか言われてたけど、いい仲間に囲まれて、αになれたんだよ。俺は十分にαになる素質を持ってると思ってる!」 「…俺がにゃんこの仲間になるのか?」  にゃんことカイルに言われ、ルーチェは頭を抱えた。 「う~ん…。やっぱり猫は恰好付かないよね。なんで狼じゃなかったんだろ。」  ルーチェはカイルの兄がベースになったデザイナーズ・チャイルドで、違法なゲノム編集により猫のDNAが加えられ、猫と同等の聴覚、嗅覚、身体能力を持って生まれて来た。 ――しかも雌猫だしな…。  カイルは心の裡で呟いてみる。男に発情してしまうという体質が、一番厄介なものだった。 「そりゃあ、可愛がりたかったからだよ。…おまえは首筋とか弱いんだから、気を付けろよ。」 「分かってるよ。」  ルーチェは他愛のない会話が出来ている今を噛み締めると、口には出さないが、カイルに心から感謝をした。  二日前、ルーチェはカイルに抱かれた。それは抱かれたと表現するには余りにも素っ気なく、処理、若しくは処置的な行いだったが、二人は間違いなく行為を行った。 「髪、伸びたな…。」  二日前の昼下がり、目に掛かりそうなルーチェの前髪を、カイルが指先で掬った。 「切って来るよ。」  ルーチェは素直に応じる。自分がカイルの兄と同じ顔をしている為、なるべく同じ髪型になって欲しくないのではないかと、ルーチェは推測している。  休日だった為、カイルの付き添いの下、女性しか入らないようなヘアサロンへ入った。女性の美容師を指名し、担当して貰ったのだが、カイルが目を離した隙に、アシスタントをしていた若い男性美容師がルーチェの髪の仕上げに入った。  そこでルーチェの体に異変が生じ始めて来た。周りに気付かれないように、そっと、美容師の男はルーチェの首筋を撫で始める。 ――これ、発情…?  孤島の研究所から連れ出されて以来の体の異変に、ルーチェは呼吸もままならなくなるほど狼狽える。  なんとか会計が終わるまで体の熱を抑えたルーチェだったが、ヘアサロンを出ると、彼はカイルに縋り付いた。 「…カイル、どうしよう!?…体が…疼く…。」 「え?…おい、まさか…?…さっきのあの野郎の所為か!?」  カイルはルーチェの異変に顔色を変え、慌てて彼を自宅へ連れて帰った。  部屋に入るなり、ルーチェは服を脱ぎ始め、カイルを求め始める。 「ちょっと、待て!…そうだ、冷たいシャワーを浴びろ!」  全裸になったルーチェを、バスルームに誘導しようとしたカイルだったが、正面から抱き着かれる。 「ダメなんだ!…中に…精液…出してもらわないと…。」  ルーチェは跪き、カイルのジーンズのジッパーを下ろした。そしてカイルの下着の上から、それに舌を這わせ始める。   「おい、やめるんだ…。」 「カイル、お願い…。じゃないと、俺…他の人に…。」 「クソ!」  カイルは荒々しくルーチェをベッドの上に俯せで倒すと、シーツでその体を覆い隠した。 「声を出すなよ!」  体の殆どを見えなくした状態で、カイルは自身のものを手で扱いて固さを持たせると、場所を一瞬だけ確認し、ルーチェの狭隘(きょうあい)な孔を貫いた。  ルーチェはなけなしの理性で声を抑えて、カイルの熱を受け入れ続ける。 ――シルビー、済まない!  幾度となく、今は亡き女性の名を頭の中で繰り返し、謝罪しながら、それでも快楽には逆らえず、カイルはルーチェの中に濃く、大量の精液を吐き出した。 「もう、大丈夫だろ?」  カイルが体を離して問うと、シーツを被ったままのルーチェが二、三度頷いた。 「ちょっと、出てくる…。」  足音が遠ざかり、扉が閉まると、自分を取り戻したルーチェはシーツを被ったまま泣き出した。 ――カイル…ご免なさい…。  もうカイルが、二度と自分の下へは帰って来てくれないかも知れないという思いが、ルーチェを絶望へと突き落としていった。  しかし、それは杞憂に終わった。  事後、きっかり一時間後にカイルはルーチェの下に戻って来た。手には甘ったるいドーナツが一杯詰まった大きな箱を抱えている。 「これ、二人で食べるつもり!?」  ルーチェが思わず突っ込んでくると、カイルはニヤリと笑って見せた。 「まあ、一人じゃ無理だよな。」  就寝時間が近付いてきた頃、カイルは改めてルーチェに今日の行為についてを言い聞かせた。 「なぁ、ルーチェ。…今日、おまえを抱いたのは俺じゃない。俺も…おまえは抱かなかった。」 「うん…。」  ルーチェは強く頷いてみせる。そのルーチェの腕を取ると、カイルは彼の寝室へ向かった。 「俺は今後も絶対に、おまえを発情させたりしない!それを証明する為に、今日は同じベッドで寝る!」 「えぇ!?狭いよ!」  面食らった様子のルーチェを無視して、カイルはルーチェの独り用ベッドに横たわった。  少しだけ、カイルから漂ってくる酒の匂いが気になったルーチェだったが、大人しく彼に従う事にした。  緊張しつつ、カイルの横に背を向けた形で横たわったルーチェに、カイルが腕を回してくる。  暫くお互いの鼓動に耳を傾けていたルーチェは、大丈夫だと、心から安堵の吐息を洩らした。  そのまま、眠りに就く。  しかし、数分後。―― 「カイル、うるさいし、酒臭い!」  大音量の(イビキ)と酒臭さに、ルーチェは憤怒して枕をカイルの顔に叩き付け、カイルの寝室へと移動した。  そんな事があって、カイルとルーチェは順調に、二人だけの暮らしを続けている。  時折、カイルの行動に苛々させられたり、トロイの遺伝子の所為なのか、カイルに意地悪をしたくなる衝動に駆られる事もあるルーチェだったが、基本的には彼に対して絶大な信頼感を彼に持っていた。  このまま、二人の関係は変わらないだろうと、思わせてくれるカイルが、ルーチェにとって必要不可欠な存在となっているのは間違いなかった。

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