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第35話「傍受」

 姫川楓(ひめかわかえで)と、カイル・エマーソンの回線が繋がる時のみ、自動で傍受出来るようにしていたトロイは、リアルタイムで彼らの会話を聞き、憤りを感じていた。 ――俺の息子だって?ふざけんなよ!俺は誰にも種付けした覚えはない!…クソ!カイルの奴!…俺のコピーを姫川家の養子にしようなんて…。母さんにそんな迷惑を掛けるなんて、許されない!  そんな憤りの中、トロイは別の暖かな感情にも心を躍らされていた。 『私がカーティスとの結婚を決めたのは、トロイが懐いてくれたからなのよ。』 『…トロイは別よ。ちゃんと私の息子だと思ってるし、彼を愛してるわ。』  義理の母である楓の言葉は、優しくトロイの胸を突き刺した。  通信傍受を終え、トロイはスマートフォンで凄腕ハッカーであるネイヴに連絡を取った。  長い呼び出し音の後、漸くネイヴが応答した。トロイはホッとして要件を話し出す。 「ネイヴ、遅くにご免ね。…実は今まで見つけられなかったカイルが、彼の母親と話してるのを傍受してさ…。やっぱり、俺のクローンを連れ出していたよ。その通話記録から、カイルの居場所が分からないかな?」 「あ…ん…回線は…切れちゃったの?」 「ん?…うん、切れてるけど…。」  トロイはネイヴの声の様子から、異常を察知する。 「じゃあ、無理。…今度、繋がったら、ふ…ぁ…追跡してあげるから、教えて…。」  電話口で別の女性の笑い声が洩れ聞こえてきて、ネイヴがお楽しみの最中だと分かり、トロイは謝ると慌てて電話を切った。  想いを寄せていた女性の性的嗜好を思い知らされ、落胆させられていると、見知らぬ番号から着信が鳴った。  訝し気な顔をしたトロイだったが、潔く応答する。 「久し振り…。」 「誰だよ?」 「ザック・レイン、憶えてる?」  名乗られて、トロイの背筋は凍り付いた。 「何の用だ?」 「今、あんたが居るとこの地下駐車場から電話してる。ちょっと、降りて来いよ。」  一瞬だけ断る事を考えたトロイだったが、何かまた情報が掴めるかも知れないと思い直し、彼に会うことを決めた。  ビルの最上階から地下駐車場まで、一気にエレベーターで降りると、ザックが待ち構えていた。相変わらずの長身でザックに見下ろされると、彼に抱かれたリアルな夢を思い出し、トロイは体の奥底が震えそうになるのを堪えた。 「何で俺の番号を知ってる?」 「人工知能(ダイアナ)にあんたの事、再認識させたからね。カメラで追跡しつつ、実際にも追跡して…、擦れ違いざまに番号は頂いた。」  音沙汰なかった三ヶ月の間にストーキングされていた事を知り、トロイは驚かされた。しかし、T-S004を狙っているのなら、それくらいするだろうと直ぐに納得する。 「そういや、おまえ、ハッキングの技術持ってるんだったな。…AES(うち)をハッキングして、返り討ちに合ったんだろ?」 「返り討ち?まさか!…ちょっと遊んでみただけだよ。くれてやったデータは、元々プレゼントするつもりだった奴だ。」  負け惜しみにも聞こえたが、トロイは深く追求する事はしなかった。 「…あのさ、T-S004について、何か情報を掴んだんだろ?」  絶妙なタイミングでのザックの問いに、盗聴の可能性を疑ったトロイだったが、(シラ)を切って見せる事にした。 「掴んでないよ。手を出さないって、約束させられたからな…。」 「本当かな?じゃあさ、これから二十四時間、俺に拘束されてくれよ。何の情報も掴んでないんなら平気だろ?」  強引な申し出に、トロイは眉を顰めて見せる。 「仕事がある。」 「二十四時間とは言わないから、ちょっと付き合えよ。」  ザックは半ば強引に、トロイに自分の車の助手席に乗るように示唆した。  この男の傍にいてはいけない。全身に強い警鐘を感じながらも、トロイはザックに誘われるまま、彼の車の助手席に乗り込んだ。  ザックが運転する黒いカマロは、勢いよく地下駐車場を飛び出し、夜の街を走り出した。  逃げ場を無くしたように感じ始めたトロイは、再び全身を警鐘に包まれる。 「あんたの第一印象は、冷徹な殺し屋だった。何の躊躇もなく自分のコピー品を射殺するのを、監視カメラ越しに見てたからさ…。だけど、今の印象は違うな。…まるで処女をデートに駆り出したみたいだ。」  ザックに怯えてると誤解されたくなくて、トロイは自身が醸し出していた雰囲気を一蹴する。 「は?何、言い出すんだよ?」 「変な緊張感があるからさ。…俺の事、意識してるだろ?」  見透かしたようなザックの物言いに、トロイは心裡を悟られないように振る舞う。 「警戒してるんだよ!おまえは危険な奴だからな。」 「性的に…?」 「何でソッチに持っていくんだよ?俺みたいなオッサンは対象じゃないって、この前、言ったくせに。」  ザックは軽く鼻で笑った。 「俺らの実年齢を知らない奴らが見たらさ、俺の方が年上って思われる確率、高いよな。」 「おまえ、老けてるからな…。」  トロイは正直な印象を伝える。大きなガタイをして、顎に無精髭を薄っすらと生やした顔のザックは、とても二十一歳には見えない。 「大人びてると言えよ。…あんたは何も知らないだろうから教えてやるけど、あんたは…テロメアだか、テロメラーゼだか忘れたけど、老化の因子を破壊されてる。ただ、完璧な処置じゃなかったから、通常よりもゆっくりと、少しずつ年を取っていってるんだ。」  今まで知り得なかった事実を語られ、トロイは血の気が引いていくのを覚えた。 「…俺が…された事、全部、知ってるのか?」 「知ってるよ。グレイソンの部下にも開示されなかったファイルを全て見た。」  ザックの右手がトロイの頬に触れる。 「そんなに怯えるなよ。」  トロイはそれを振り払った。 「怯えてなんか…いない。」  自分の体にグレイソンが何をしたのか、今更、知りたくないと思っているトロイは、それでもグレイソンの研究データの所在を気にした。 「グレイソンのデータを今後、どうするつもりだ?」 「金になるだろうな。…でも、今は金に困ってないし、データを売り渡す気はない。ダイアナを手に入れたのが、俺みたいな奴で良かったと思わないか?」  トロイは深く考え込むと、ひとつの疑問をぶつける。 「グレイソン以外の生化学者が、そのデータを元にレイヴンを造れると言ったら、そいつに売り渡すんじゃないのか?」  ザックは静かに否定した。 「しないよ。…レイヴンみたいな存在を、生み出させようなんて、俺は思わない。」  トロイはザックの横顔を見つめると、ザックの言葉を信じる事にした。

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