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第36話「熱情」
ザックはマンハッタンまで車を飛ばすと、埠頭へ入り、無数のコンテナが並んでいる間に車を停めた。
「此処はさ、レイヴンが死んだ場所なんだ。…俺がアイツの亡骸を…この海に捨てた。」
「何で、そんな場所に俺を連れて来た…?」
「何でだろうな?…分かんねぇ。」
ザックの瞳には哀愁が漂っている。それ程までにレイヴンを愛していたのかと、トロイは不覚にも感銘を受ける。
――もし、俺が…こいつに体を差し出したら、こいつはレイヴンを忘れられるだろうか…?
思わず過らせた考えを、トロイは慌てて葬り去った。それでもザックと淫らな行為をした夢が、トロイの体に熱を持たせていく。
「あんたさ、俺の事、欲しいだろう?」
ザックに距離を縮められ、トロイはぎくりとした。
「俺が、おまえを?…そんな訳あるか!」
「…レイヴンのキスは甘かったけど、あんたは苦そうだな。」
「俺を造り物と比べるな。」
「じゃあ、試させてくれよ。」
ザックの唇が近付いてきて、トロイの心拍数が上昇していく。
「…断る。」
そう言いながらも、トロイの体の奥は甘く疼き出していた。
それなのに、あっさりとザックがトロイから体を離した為、トロイは拍子抜けを喰らわされる。
「俺は嫌いなものが二つある。ドラッグとレイプだ。…だから無理矢理には絶対しない。」
真っ直ぐにトロイの顔を見据えながら、ザックは言った。
「そりゃ、良かった。おまえを殺さずに済む。…俺は冷徹な殺し屋だからな。本気を出せば、おまえなんか瞬殺だよ。」
少しでも期待したと悟られたくなくて、トロイは殺し屋の印象を醸し出そうとした。それをザックは軽く流す。
「凄腕ハッカーの彼女がいるって話、あれ、嘘だよな?」
「…凄腕ハッカーと戦ってみたんだろ。」
「ああ、ハッカーの存在を否定してるんじゃない。あんたの彼女の存在を否定してるんだ。
…あんたは誰も抱けない。そうだろう?…自分で慰める事すら、無理なんじゃないのか?」
指摘を受けたトロイは、ザックの正視に耐え切れずに目を伏せる。
「おまえに関係ないだろ!」
「あるよ。…あんたが誘ってくれたら、俺は…あんたを抱いてやらない事もない。」
ザックの言葉に、不本意にもトロイの奥底に熱いものが広がった。
「誰が抱いて欲しいなんて、言うかよ!」
――夢の中では無理矢理、俺の中を犯したくせに!
一度伏せた目を上げたトロイは、恐れを感じながらもザックを睨み付けようとした。しかし、それは、ザックに欲情を伝えた形になってしまった。
「素直になってみろって…。」
ザックの手が太腿に置かれたが、トロイはそれを払う事が出来ない。
「…俺の体を試したら、レイヴンを、…T-S004を諦められるか?」
不覚にも一度葬った思いを、トロイは口に出して訊いていた。
「それはどうかな?…試してみないと分からない。」
ザックの右手がトロイの耳元を擦り抜け、後頭部に添えられた。そのまま彼の方へ引き寄せられる。
「…あ、無理矢理は嫌いなんだろ…?」
「嫌がってないから、無理矢理じゃないだろ?」
最初、ソフトに触れただけのザックの唇は、軽く開かれたトロイの唇と、差し出された舌によって情熱的に絡み始めた。
トロイは初めて欲しいと思ってしたキスに、全身を支配されていく。
「…苦そうだって言ったの、撤回するよ。レイヴンには及ばないけど、十分、甘い…。」
長いキスの後、ザックがトロイの耳元で囁いた。
「だから、コピー品と比べるなって、言ってるだろう?」
ザックはトロイの首筋に舌を這わせ、彼のTシャツの中へ手を滑り込ませ、腹部や胸を触った。トロイは抵抗を見せず、逆に自分からキスを誘った。二人の息が上がっていく。
――キスだけで…こんなに感じるなんて…!
ネイヴが恋人との情事中に電話に出た空気に当てられた所為だと、トロイは言い訳を考える。
「続き…して欲しかったら、俺の部屋に来るか?」
ザックの問いに、熱が治まらなくなったトロイは潤んだ瞳で頷いた。
あれほど屈辱的に感じていた夢の中の行為を、今、トロイの体は待ち望んでいる。
マンハッタンの埠頭から十分程車を走らせ、ザックは自身が経営する酒場の裏手に車を停めた。
トロイはザックに誘われるまま、その建物の外階段を上がり、灯りが点けられたままの部屋に入った。
部屋の扉が閉まったと同時に二人は激しくキスを繰り返し、お互いの服を脱がし合った。
そしてベッドに辿り着く頃には、一糸纏わぬ姿となり、相手の体温や汗を直に感じ合った。
ザックの体に積極的に舌を這わせていたトロイは、彼の腹部に青いインクで掘られた小さな鳥の形と、ravenの文字を見つける。
「このタトゥー、レイヴンが死ぬ前?それとも後?」
「後だよ。…気になるのか?」
「別に…。」
トロイは吐き捨てるように言うと、ザックの下半身に舌を絡め始めた。夢に出てきたザックの誇張されていた男根と比べ、そこまで凶器ではない大きさに安心し、秘かにトロイは笑みを零す。
「奉仕してくれるなんて、意外だな。」
「だって、イきたいだろ?」
ザックは暫くトロイの好きにさせる事にした。
射精を促すように舌で刺激を与え続けるトロイは、それを自身の中に挿 れたくなるのを必死で堪える。そこは今、準備が出来ていないのだと言い聞かせながら。
そんな事を考えていると、ザックが不意に体勢を変え、トロイを下にしてきた。そして足を割り開いた中心に、彼の指が侵入を果たそうと場所を確認してくる。
「待てよ、そこは!…準備出来てないから…!」
今日、一番の抵抗を見せるトロイに、ザックは優しく指を中へ進めてきた。
「あんた、本当に自分の体の事、知らないんだな…。」
トロイが狼狽を隠せずにいると、ローションも何も使っていないそこから水音が聞こえてきた。
「今もあんたの体は変化し続けてるんだよ。…男を受け入れやすいようにね。」
ザックの長い指で中を擦られ続けていると、いつの間にかトロイの不安は消え去り、悦楽のみに支配されていった。
「ね…、ザック…早く…来て…!」
「待てよ。こっちにだって準備はある…。」
ザックはヘッドボードの引き出しからコンドームを取り出すと、速やかに装着させた。その光景を珍しいものでも見るようにトロイは凝視する。
「ゴム、嫌いか?」
「いや、使ってるとこ、初めて見た…かも…?」
「マジで?じゃあ、感想聞かせてくれよ。」
「…いいよ。」
トロイに煽られ、ザックはトロイの望むモノを、その体に突き立てた。
「大丈夫か?」
少し乱暴だったかも知れないと、トロイの体を心配したザックが耳元に問う。
「うん…。いい…!いいから…!早く、動いて…!」
トロイは腰をうねらせると、ザックを締め付けて行為を促した。
十六年の空白 を埋めるように、トロイはザックから与えられる快楽を貪り続ける。
「…よくこんな体して、誰とも関係持たずに来れたよな?」
「おまえが…火を…着けた…!」
時間を忘れたように、二人は絡み合い、激しいキスを交わした。
床に落とされた使用済みのコンドームが、ひとつ、またひとつと増えていく。
途中、ザックの仲間が一人、訪れてきたようだったが、二人の行為は止まることなく続いた。
そして、また新たに使用済みコンドームが床に落とされる。
明け方近くになり、トロイはザックの腕の中で目を覚ました。灯りが点いたままなのに気付き、眩しさに目を細める。
ザックの腕から這い出すと、自分の体の異変をチェックする。気怠さを感じるものの、痛む処はない。
「帰んの?」
薄っすら目を開けたザックに問われた。
「帰るよ。」
短く答えて、昨夜脱ぎ捨てた自分の服を拾い集める。
「シャワー、浴びなくていいのか?」
「中に出されてないからいい…。」
トロイが下着を履いたところで、ザックが彼の腕を引っ張った。そのままベッドへ引き戻し、キスをする。
「もう、しないよ。」
「…ただのキスだよ。」
そう言いながら、ザックはトロイをベッドに横たえた。
「ねぇ、トロイ。…T-S004を生け捕りにして、俺のとこに連れて来いよ。」
ザックの言葉に、トロイは少し傷付いたような顔をした。
「俺の体じゃ、ダメだったって事か…?」
「いや…。だけど、あんたはT-S004を殺しに行くつもりなんだろ?勿体ないじゃないか。正直、俺はT-S004を見てみたい。だけど、もし、…生け捕りに失敗したら、その時は…あんたの全てを俺に差し出せよ。」
ザックの言葉に、トロイは徐々に腹を立てていく。
「散々ヤッといて、よくそんな事が言えるよな?」
ザックは真剣な眼差しをトロイに向ける。
「全てって、心もって事だよ。俺だけを全身全霊を掛けて愛すると誓うんだ…。そしたらT-S004を諦めてやる。」
トロイが驚いたような顔を見せると、ザックは軽くその唇にキスをして、それから頬にもキスをした。
トロイは胸の内を震わせる。
「おまえが、俺とレイヴンを比べるのを、止 めるんだったら、考えてやらなくもない。」
ザックは答える事はせず、代わりに履いたばかりのトロイの下着に手を掛けた。
そこから二人の小さな攻防戦が始まった。
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