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第41話「恋情」

――またレイヴンに会えるのなら、俺は何だってする…。  ザック・レインは愛する者を失ってから、長い間、その思いを秘めながら生きていた。  それが、トロイという人物との出会いを切っ掛けに、レイヴンへの気持ちが過去のものになろうとしている事を、彼は複雑な気持ちで客観視していた。  ザックはトロイの熱い内側を知ってしまった。  その瞬間から、彼は日を開けずにトロイの体温を独り占めしたいという欲求に駆られるようになった。  しかし、トロイは忙しい身で、スパイ対策スペシャリストとして日夜活動している。そんな彼を捕まえる事は難しく、ザックの願いは容易には叶えられなかった。  ザックは自身が経営する酒場の二階で生活している。一度、恨みを買ったギャングの男に寝込みを襲われてから、彼は外階段からの扉を厳重に施錠し、灯りを点けたまま就寝するようになっていた。  深夜、ザックがベッドで眠っていると、その厳重な施錠を難なく破り、一人の黒ずくめの男が不法侵入してきた。 「起きろ…。」  耳元で命令され、ザックは咄嗟に目を覚ますと同時に、パニックに陥りそうになるのを必死で堪えた。だがそれは、目の前に現れた美しい顔により緩和されていく。 「脅かしやがって、何のつもりだよ…!?」 「俺が殺し屋だったら、おまえ死んでたな…。」  不法侵入者、トロイは軽く笑うと、ベッドに腰を下ろした。  普通なら怒りに支配されるところだが、不思議とザックにその感情は浮かばなかった。 「あんたから来てくれるなんてな。…俺のディックが恋しくなったのか?」  ザックは毛布を捲り、下着一枚の股間部分を強調して見せた。 「ちょっとストーカーのおまえに、報告したい事があってね。」  トロイはザックの下着を一瞥しただけで、表情を変えることなく、彼をストーカー扱いした。実際にザックは、トロイの動きをマークしているので否定は出来ない。 「明日から、シカゴの刑務所に潜入する。四、五日は戻らない。」  その一言に、ザックは思わず身を起こし、トロイの腕を掴んだ。 「おい、そんな見た目で本気か!?…囚人達の恰好の餌食じゃないか!」  ザックの想像を読み取ったトロイは、不機嫌な顔付きになった。 「囚人として潜入するわけじゃない。看守としてだから何の問題もない。」 「あんた、自分の見た目を分かってるか?あんたみたいなのが刑務所うろついてたら、あんたを女にしたくて堪らない連中が暴動を起こすぞ。」  トロイはザックの手を振り払った。そして揺るぎない自信を持って答える。 「俺は強い。だからレイプなんかされない。」 「そうかよ。…それで?他に俺に言いたい事は?」 「暫く俺を追跡するな…。」 「あんたを信用していいのかな?…こっそりT-S004を殺しに行くんじゃないのか?」  ザックは唇を、トロイの頬に触れそうな距離まで寄せた。トロイが避けないのをいい事に、ザックは手探りでトロイの黒革のジャンパーの前をゆっくりと開いていく。 「T-S004の所在は不明だ。」 「…それじゃあ、潜入の理由を詳しく教えろよ。」 「脱獄を手引きしている看守がいるらしい。今、一人、テロリストが収監されてるから、そいつが移送されるまでに手引きしてる奴を見つける。」  トロイが機密事項であろう内容を隠さず洩らす中、ザックの手がトロイのTシャツの中に下から侵入した。その手が腹から胸へと這い上がっていくと、トロイの頬が紅く色付き始めた。 「いい表情(かお)するよな、全く…。」  ザックがトロイの首筋に唇で愛撫を与え始めると、トロイは自ら衣類を脱ぎ出した。 ――そう来なくちゃね!  ザックは心裡で歓喜の声を上げると、彼が脱ぐのを手伝った。  全てを取り払った白いトロイの体を、ザックは下に組み敷く。トロイの体は鍛えられてはいるが、軽く柔軟な印象だった。  どちらからともなく唇が寄せられ、濃厚なキスが始まった。ザックのキスは唇だけに留まらず、耳朶や首筋、胸の突起までも吸い尽くしていく。  それに応えるように、トロイもザックの肌に舌を這わせ、固く熱を持ち始めたザックのモノに手を伸ばす。 「えらく積極的だな…。」 「ああ…。おまえのディックに用がある事を思い出したんだよ…。」  トロイのその言葉に、体だけだという意味が含まれている事を感じ取ったザックは、一瞬、顔を曇らせて、それから早急に繋がる為の場所を指で犯した。 「へぇ、それで…既にココは(とろ)けてるんだな。」  そのままそこで抜き差しを繰り返し、トロイの反応を楽しむ。 「()れて直ぐフィニッシュなんて、許さないぞ…。」 「大丈夫だ、コンドームはまだ沢山ある。」 「話、通じてない?」  二人は約ひと月振りに体を繋げた。体を震わせながら縋り付いて来るトロイに、ザックは堪らなく興奮させられる。 「怖がってる…?」 「…まさか。」 「じゃあ、気持ちいい?」  トロイは答えず、自身の中のザックを締め付けた。ザックは思わず呻き声を洩らし、トロイがそれを鼻で笑った。 「可愛いことするじゃないか。」 「…まだ、出すなよ。」  艶のある瞳でトロイに見つめられ、ザックは優しく腰を動かし始めた。  造り物ではない筈のトロイの容姿は完璧で、今まで知り合った、どの女よりも魅惑的にザックの目に映った。  彼の体だけでなく、心までも虜にしたいという欲望に駆られる。  夜明け前、トロイは帰り支度を整えた。 「おい、襲われんなよ…。」  扉に手を掛けたトロイに、ザックが声を掛けた。 「おまえも侵入者には注意するんだな…。」  そう言い残してトロイは立ち去った。  それから一週間して、トロイは再びザックの寝込みを襲うように侵入してきた。  ザックは前回破られた施錠を電子ロックに変えて安心していたのだが、今回、トロイは外階段側からではなく、酒場の中から侵入してきたようだった。 「おまえ、二度死んだな…。」  トロイはザックを起こした後、指でピストルを真似て撃つポーズをした。 「おい、いい加減、普通に訪れてくれよ。合鍵、渡すからさ…!」 「それじゃ、面白くないだろ?」  ザックは溜息を吐いた。そして、相変わらずの黒ずくめなトロイをベッドに引き寄せる。 「シカゴは寒かっただろ…。温めてやるよ。」 「シカゴから真っ直ぐ来たわけじゃないけどな。…まあ、外は寒いよ。」  十一月に入り、季節は徐々に冬へと移行していっていた。  ザックの手がトロイの衣類に掛かり、それを脱がしていく。 「温めるのに、脱がすのか?」 「ああ、その方が熱くなるって、知ってるだろ?」  されるがままのトロイだったが、彼もまた、ザックのジーンズに手を掛けると、既に大きくなり始めているモノを取り出し、口に含んだ。 ――ああ、やっぱり信じられねぇ…。  快感に酔いしれながらも、ザックは水を差す言葉を放つ。 「男とヤるの、嫌じゃないのか?」 「…もう深く考えるのは止めにした。寝てる間に出してしまうより、ずっと気持ちいい。」  トロイの答えに、ザックは思わず吹き出しそうになる。 「十代のガキかよ!」 「いいだろ、別に。…そんな事より、今日は後ろから激しくしてくれよ。」  全裸になったトロイは、ベッドの上で四つん這いになった。 「なるべく優しく抱きたいんだけどな…。」  小さく呟いたザックだったが、トロイの望みを叶えるべく、ベッド際に立つと彼の両脚を引っ張って、彼の腰を引き寄せた。そして特に慣らしもせずに挿入する。 「ああ!酷い…!いきなり()れろなんて、リクエストしてない!」 「(ワリ)ィ、そう望んでたように思えたからさ…。」  ザックが激しく腰を打ち付けると、トロイは大人しくそれを受け入れ、あからさまに感じ始めた。  今日のトロイは一度吐精しただけで、ぐったりとしてしまった。疲労が溜まっていたのだろう。  ザックは首筋にキスをしながら、トロイの体を労う。 「大丈夫か…?」 「…続ければ?」  その疲労感とは裏腹に、トロイは挑発してくる。その誘いに乗るようにトロイの腹部にザックが手を這わせた時、バイブレーションの音が聞こえた。  トロイはハッとすると、ザックを跳ね除けて飛び起きた。そして床に落ちた衣類を素早く拾い、スマートフォンをそのポケットから探り出す。  慌てて応答したトロイの表情は険しくなった。 「メキシコに…?マンサニージョ港?…日本船籍の船で出航しただって!?」  電話を切ったトロイは、先程までの疲労感をかなぐり捨てて、素早く着衣していく。  トロイのスマートフォンを盗聴出来るようにしていたザックは、今までの情報からT-S004が見つかった事を推測した。 「おい、T-S004を殺しに行くのか?」 「…生け捕りが希望だったか?」  トロイの返答から、彼のクローンであるT-S004が見つかった事は確定となった。 「ああ、殺してほしくない…。」  ザックの本心としては、トロイの手を血で汚して欲しくないというものだったが、彼にはT-S004を欲していると伝わっただろうと感じる。  しかし、敢えて本音は語らない。 「期待しないで待ってろよ。」  トロイはザックから目を逸らした。そんな彼にザックは距離を詰める。 「俺が出した条件、覚えてるだろうな?」 「T-S004を差し出すか、俺自身を差し出すか…だろ?…おまえ、何様だよ?」  トロイは横顔で笑って見せると、固く施錠された扉に手を掛けた。 「おい、開けろよ。」 「…条件を守るか?」  トロイは肩を竦めてみせると、仕方ないといった風に了承した。

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