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第3話「T-S004の誕生」

 (あかり)は自室のベッドへ潜り込むと、先程カイルに言われた言葉を反芻していた。 ――普通の十四歳のガキは男に抱かれたりしないって、ちゃんと理解してるよ…。  燈はS4(エスフォー)と呼ばれていた頃の自分を思い出して、布団の中で体を縮こませた。それは燈にとって忘れ難い、否、忘れてはいけない記憶だった。  外界とは隔離された世界――。そんなものが存在していたとしても、自分がそこに取り込まれるなど想像もしていなかった。  そんな世界へ、シルビー・ザナージが連れて来られて、十四年が経とうとしている。  シルビーは十八歳で大学を卒業すると、大手製薬会社であるカディーラのバイオテクノロジー部門に就職した。  負けず嫌いの彼女は、ロングヘアを惜しげもなくベリーショートにし、男性研究員にも勝る勢いで革新的技術に身を投じていった。  そんな彼女が二十歳になった頃、カディーラの事業本部長であるスターリング・グレイソンに見初められ、直々に新事業開発部門への異動を通告された。  その瞬間は実力を認められたと、心から喜んだ彼女だったが、グレイソンが所有する孤島の研究施設に連れて来られると、自分の人生を彼に売り渡してしまった事に気付き、彼女は絶望の淵に追いやられた。  この孤島にある研究施設はスターリング・グレイソンが自身の欲望を満たす為に創り上げた実験施設で、会社の管理が行き届いていない、彼の秘密基地といえる場所だった。  ここで秘密裏に行われている全ては、倫理審査に違反している――。  その内容は、主に人体を使った遺伝子操作の実験だった。  筋肉を増強させられ、戦闘能力を無理矢理上げられた改造人間と言えそうな私設軍隊(ヴィジランテ)や、痛覚を殺がれた性欲処理用の、従順で美しい少年や少女を造り出し、それらを人知れず何処かへ提供して、グレイソンは莫大な資金を得ているようだった。  ここへ来て直ぐ、シルビーは抵抗も虚しく、鼻腔より挿入する簡単な施術で、脳内にマイクロチップを埋め込まれた。そして、この施設の事を外部に漏らせば、脳内のマイクロチップを監視者が爆発させると脅された。  この島に連れて来られた研究員全てがマイクロチップを埋め込まれて管理されており、過去に数名が事故死、又は病死という形により監視者に始末された実績があがっていた。  監視者はダイアナと呼ばれる人工知能だった。  ダイアナは監視カメラを通して施設内の人間を観察し、些細な雑談すら聞いていて、少しでも不穏な動きを感じれば警告してくる。  そしてグレイソンを裏切るような行動が確認されれば、即座に脳内に埋め込まれたマイクロチップを爆発させるのだ。  マイクロチップの施術後、シルビーは診察台に体を拘束された状態で目を覚ました。  白くて狭い見知らぬ個室で、自身が病衣を着せられている事に気付いた彼女は恐怖を植え付けられる。  暫くすると、四十代後半のアッシュグレイの髪に、それと同色のスーツを着た男が一人入って来た。  やや渋みを帯びた風情の彼こそが、この島の権力者であるグレイソンだった。 「気分はどうかな?シルビー。」  グレイソンに顔を覗き込まれ、シルビーは拘束された手足に力を入れ、痛みを覚えた。 「…マイクロチップ以外に…私に何かしたんですか?」  恐る恐る問うと、グレイソンは含みのある笑みを見せた。 「君には新しい実験に参加して貰う。…生化学者として、また、被験者としてね。」  シルビーは被験者という言葉に愕然とさせられた。今までに想像したこともない最悪の立ち位置だった。  グレイソンは一人の青年に執着していた。  その青年を一時的に手に入れた時、彼は青年の精子や幹細胞を大量に採取して保存した。そして青年を失った時、元々生化学者だった彼は、その青年を自ら造り出す実験に没頭し始めた。  最初から着手していた遺伝子操作の研究とは別に、培養液から生命体を造る研究チームを創り、短期間で青年の姿をした生物を生み出す事に成功した。  しかし、それらの個体は長く生きる事は出来ず、早くて二週間程で全ての機能を停止させた。  やがて彼は、時間を要するという理由で避けていた、クローニング技術に遺伝子操作を加えた受精卵を代理母に着床させ、出産させるという方法に着手し出した。  その代理母にシルビーは、知らぬ間に抜擢されていたという訳だった。  七日後、シルビーは無事に受精卵が着床した事をグレイソンに告げられた。 「おめでとう。君は四人目の代理母だ。…前の三人の子供達には欠陥が見られて既に処分が決まったからね。君の検討を祈るよ。」  被験者にして研究員となったシルビーは、自分の胎内にいる子供についてを詳しく調べ出した。通常ならセキュリティレベルの高い機密事項を調べる事も、監視者のダイアナは黙認してくれているようだった。  恐らく代理母でいる間は命が保証されているのだと推測する。  T-S004――それがシルビーが宿している子供に与えられた名前だった。  正確にはトロイベースの代理母による四番目の子供という事らしかった。  シルビーは通常では開示される事のない「トロイ」のファイルを調べた。トロイはグレイソンが執着する青年の名前で、自分の中に宿っているのが彼のクローンである事を、彼女は改めて理解する。  数枚の写真で確認したトロイは二十代前半といった処で、何処か東洋の血が入っているような繊細な美しさを湛えていた。  シルビーは直感的にトロイと自分が同じように複雑な混血児なのだと感じる。シルビーの祖父はイタリア系アメリカ人で、祖母は日本人だった。  そしてシルビーの父が選んだのはウクライナの女性で、彼女のルーツは少なくとも四カ国にあると云えた。  トロイの遺伝子情報を見ていくと、やはり複雑なルーツの持ち主である事が分かった。しかし国名の詳細迄は明かされておらず、既に死亡したとなっているトロイの真実は不明のままだった。  やがてシルビーはT-S004をこの世に産み落とした。  胎内に宿した時から愛情を持ってしまっていたシルビーだったが、産まれてきた彼を抱くと母親としての感情が大きく動き出した。  遺伝子上は何の繋がりもないと理解していながらも、それを覆す程の愛情が彼女を「母親」へと成長させた。  シルビーはT-S004に、「ルーチェ」という名前を秘かに付けて呼んだ。イタリア語で光を意味するその言葉を名前にしたのは、T-S004が彼女にとって唯一の光となっていたからだった。  出産後も子宮に受精卵を送り込まれる事を免れられないシルビーだったが、T-S004の世話や検診は出来るだけ彼女が行った。  T-S004は遺伝子操作で特殊で完璧といえる人間になるプログラムを組まれていた。あらゆる抗体を持ち、風邪すら引かない。  そして瞬間記憶能力で、独自に学習していく能力にも長けていた。シルビーはそこに目を付け、ダイアナの目を盗んで彼に特別な教育を行っていった。 ――いつか、二人で此処から逃げ出す為に…!

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