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第4話「T-S004の成長」
シルビー・ザナージが代理母として出産した子供、T-S004と、孤島の研究施設から逃げ出したいと願って実現できないまま、十三年の月日が経とうとしていた。
遺伝子に何かしたのか、孤島の支配者グレイソンとシルビーの容姿は十三年前と寸分違わない。
そんな中で、T-S004――研究員達にはS4 と呼ばれている子供は順調に成長していき、彼のベースとなったトロイという人物そのものに近付いていっていた。
その姿に唯一の成功例だとグレイソンは歓喜する。
形容し難い瞳の色に肌理 細やかな白い肌、薄い筋肉を纏った身体は均整がとれている。濃いブラウンの艶やかな髪は腰近くまで伸ばされ、そこだけがトロイと違っていた。
グレイソンの趣味なのだろうと、シルビーは人知れず嫌悪感を抱いた。
グレイソンは週に二回程、この孤島を訪れる。そして決まってS4と二人だけの時間を過ごして去って行く。
その間、立ち入りを禁じられるシルビーは、不穏な気分にさせられた。
ある時、グレイソンの来訪を知らないまま、シルビーはS4の部屋に入った。そこで見た光景にシルビーは思わず発狂しそうになる。
全裸にしたS4に、グレイソンが舌を絡ませるキスをし、小さな肛門に指を挿入していた。
「何をしているの!?やめて!!」
グレイソンに掴みかかったシルビーだったが、監視者である人工知能のダイアナの警告が脳内に響き渡り、酷い頭痛を感じて彼女は意識を失った。
その後、シルビーはS4の担当を外され、彼に会う事を禁じられた。それを切っ掛けに彼女は孤島の存在をリークする事を決意する。
S4さえ助けられれば、自分の命など、もうどうなってもよかった。彼女は家族への定期的なビデオ通話を利用し、子供の頃に遊んだ弟にだけ分かる暗号を使って彼に助けを求めた。
最初はピンと来ていない様子の弟だったが、切実な面差しで繰り返していると、漸く気付いて貰えたようだった。
続いて、自分の後任になったウィル・バーネットという青年に接触する事を試みる。
就業を終えて寄宿舎へ戻ろうとしたウィルの腕を掴んだシルビーは、有無を言わさず彼を研究施設内の一室に連れ込んだ。
「ちょっと待って!…何なんですか?」
まだ若い黒人青年のウィルは、狼狽えながら掴まれている腕を引いた。
「あなたウィル・バーネットよね?…私はあなたの前任だったシルビー・ザナージよ。」
シルビーが部屋の灯りを点けると、そこが備品庫である事がわかった。
「知ってますよ。」
美しく聡明な女性と二人きりだと意識して、ウィルは委縮してしまっていた。
「私がT-S004の担当でなくなった理由を知ってる?」
「…情緒不安定になって、グレイソンさんに襲い掛かったって聞いてます。」
「人聞きの悪い言い方されてるのね。…あいつがルーチェに汚らわしい事をしたからよ。」
「あの、言動には気を付けた方がいいかと…。」
ウィルはダイアナの監視を気にしているようだった。
「大丈夫よ、この部屋は。ネスビット達のヤリ部屋なの。」
シルビーはこの研究棟のリーダー格である男の名前を告げ、部屋の隅に畳まれているマットレスを目線で示唆して説明し出した。
「…寄宿舎の中でも廃棄の決まったやつなら、連れ込んで好きなだけ犯してもいい事になっているけど、彼らは許されていないものにまで手を出してるの。勿論、ルール違反はダイアナの制裁の対象だから、IT担当のビーズリーと共謀して、ダイアナの監視の行き届かない場所を作り出したのよ。それがこの部屋。…ネット環境のない此処での会話はダイアナに感知されない。」
少し安心出来たのか、ウィルの肩から力が抜けた。
「…ルーチェってS4 の事ですか?あなたは代理母だった為に、自分が本物の母親だと勘違いしてしまっているって言われてましたよ。…気持ちも分からなくはないですが、S4はそもそもグレイソンが好きに扱う目的で造り出したんですよね?」
シルビーのヘーゼルグリーンの瞳が潤みだした。
「あなたも心無い人間の一人なのね。…十代前半の少年に性的行為をして許されるなんて、どうしてそう思えるの?」
「だから、それは…!」
言い掛けて、ウィルは閉口する。S4の担当になって、まだ数日しか経っていない彼だったが、彼自身、S4に特別な愛情を既に持ち始めていたからだ。
「私は、あの子を守りたいだけなの。」
「僕だって出来るだけ守ってやりたい。だけど、こんな監視の行き届いた環境じゃ、無理ですよ。」
「無理じゃない。…ダイアナの監視の出来ない部屋を作れるくらいだもの。私はルーチェをこの島から助け出すわ。」
「…一体、どうやって?」
ウィルは思わず笑みを漏らし掛けるが、シルビーの芯の通った姿勢に笑みを打ち消される。
「内部告発よ。…元々、倫理審査委員会に目を付けられていた筈だから、動いてくれるのは時間の問題よ。」
「内部告発…出来たんですか?」
「えぇ。ちょっとした暗号を使ってね。…だから、あなたには協力者になって欲しいの。運が良ければ、私達も生きてこの島から出られるかも知れない。」
ウィルは少しだけ考え込む。
「あなたは大丈夫かも知れませんが、僕が生き残れる確率は果てしなく低いですよ。…あなたは今、T-S005を胎内に宿しているから、そう簡単には殺されないと自負しているのでしょう?」
指摘を受け、シルビーは無意識に腹部に手を置く。本来ならグレイソンを襲った時点で、ダイアナに殺されていても不思議ではなかった。
「そういう訳でもないわよ。命は助かっても意志を殺がれる方法はあるのだから。…だから慎重にやっているわ。私はあの子のいる居住区には入れないから、あなたの協力がないとあの子に連絡が取れないの。あなたの橋渡しが必要なのよ。」
ウィルは理解した上で、更に返答に困った。
「…少し考えさせて下さい。明日、返事しますから。」
「協力出来なかったとしても、この事は…!」
「誰にも言いませんよ。…あなたを殺したいとは思いませんから。」
「有難う…。」
シルビーがウィルの心情を感じ取り、微笑んだところで、部屋の扉が開いた。その場の全員が一瞬凍り付く。
入って来たのは研究員の中で一番太っているマークルだった。彼は大きな段ボール箱をカートに乗せている。
「ザナージと…新入り?…おい、おい、やってくれるじゃないか!」
マークルはシルビーとウィルが、ここで逢い引きしていたと勘違いしているようだった。
「だったら何?…あなたは、特注品のこの子を犯 りに来たのね?」
シルビーは段ボール箱の中の美しい十五歳くらいの少女を覗いて、マークルの弱みを突いた。
「今更だろ?ここを使ってない奴はいない。」
「そうね。…じゃあ、私達は出て行くから。ごゆっくり!」
来た時と同じようにウィルの腕を掴んで、シルビーは部屋の外へ出た。
「…噂になるわね。ご免なさい。」
「ああ…、それって苛められる原因になります?」
シルビーの存在は、誰も手が出せない高根の花といった扱いだったとウィルは記憶していた。
「頑なに否定すれば?…それじゃあ、明日ね。おやすみなさい。」
シルビーは足早に寄宿舎の方向へ去って行き、彼女の姿が見えなくなってから、ウィルも同じ方向へ歩き出した。
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