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第10話「心なき実験」
この白い牢獄から抜け出せる日が本当にやって来るのか、S4 は眠れずに当日を迎えた。
窓のない部屋が人工の灯りで徐々に明るくなり、S4はベッドを抜け出した。そのタイミングで担当研究員のウィル・バーネットが入って来た。
「おはよう。…起きてたんだ。眠れなかったの?」
昨夜もS4がネスビット達に体を弄ばれた事を知るウィルは、彼を心配した。
「おはようございます。体調は大丈夫ですよ。」
笑顔で誤魔化したS4は身支度を始める。その彼の手の中に、ウィルが小さく折りたたまれた紙を渡した。S4をここから連れ出そうと計画している、シルビー・ザナージからの手紙だった。
監視カメラの死角になる位置で、紙に書かれた内容を把握したS4は緊張を走らせる。
「どうしたの?」
心配したウィルが駆け寄ると、S4は彼に抱きついて耳元で囁いた。
「今日の午後二時頃、僕の予定はどうなっていますか?」
ウィルはS4の行動に汗ばみながら、簡単な身体測定以外は特に予定はなく、自由に過ごしていいと答えた。そして、
「何かあるの?」
と、その部分だけを囁き返した。
「待ってて下さい。」
S4は再び囁き返すとウィルから離れ、メモ用紙とペンを持ってきた。そして走り書きしたものを彼に渡す。
――その時間、倫理審査委員会が灰色の研究棟へ来る。その中にはFBIも紛れている。
内容を黙読したウィルは、S4同様に緊張を走らせた。シルビーが才媛である事と彼女の行動力に、彼は改めて感服する。
軽めの朝食を二人で摂ると、ウィルはS4に好きな事を学習していい、と言って一旦退室した。
居住区と研究室を区切る重厚な扉の横のパネルに手をあて、静脈認証をクリアすると、ウィルは先へ進んだ。そしてシルビーの元を訪れる。
「ザナージさん、おはようございます。」
「おはよう。…意味のある接触かしら?」
デスクトップPCの前で忙しくキーボードを打つシルビーは、振り返らずに言葉を返した。ウィルは入口付近で足を止めて固まる。
「すみません。…でも、彼が喜んでいたので。」
純朴な黒人青年のウィルは項垂れる。
「喜ばしい結果になるかどうかは分からない。普通じゃない生命体の扱いは、残酷な運命を強いられる事の方が多いと思うから。」
シルビーの言葉はウィルに厳しい未来を想像させた。この孤島で生み出された生命体の全てが、白日の下に晒されれば、一斉処分だって有り得るのだ。
S4の存在も特異と見做されれば、別の研究機関が彼を拘束する可能性が大きい。
シルビーが漸くウィルの方を見る。
「それでもね、私は彼を解放してあげたいの。…こんな間違ったルールが成り立つ環境じゃ、彼は人形以下で終わってしまう。」
ウィルは頷く。ここを出られたら、S4を一番に擁護しようと心に決めた。
「ネスビットさん達の事はこれからですか?」
ウィルは監視カメラに視線を走らせて問う。監視者である人工知能のダイアナを意識しての事だった。
「ええ。今、試してた拙いハッキングは失敗したけど、ネスビット達の悪行についての告発はダイアナに伝わったわ。…ビーズリーに仕込まれたマルウェアにも心当たりがあるって。今、彼女は監視カメラの映像の再検証をしている筈だわ。」
「本当に、あなたは凄い人だ…。」
ウィルが感嘆すると、シルビーは首を横に振った。
「色々、失敗してるわ。それに時間が掛かり過ぎ。…もっと早く思いついて行動すれば良かった部分も沢山ある。」
そう言った直後のシルビーを頭痛が襲った。ダイアナが脳内に埋め込まれているマイクロチップのアプリケーションにアクセスし、骨伝導で質問と警告を同時にしてきたのだった。
シルビーが蟀谷を押さえて痛みに耐えていると、ウィルが狼狽した。
「大丈夫ですか?」
「…ダイアナがきつめの質問をしてきたわ。…解放したい彼とはT-S004。ネスビット達がグレイソンに隠れて彼を犯しているの!真実が知りたかったら、早く空白の時間を何とかして調べなさい!」
シルビーがダイアナに訴えると、彼女の痛みは引いたようだった。ひと先ず安心したウィルは、S4の元へ戻る事を告げる。
「ねぇ、私達も未だダイアナの制裁の対象よ。…気を付けて。」
ウィルは気を引き締めて精悍な表情を作ると、シルビーの研究室を出た。
その帰り道、ウィルはマークルに声を掛けられ、彼の研究室に引き込まれた。
「何か用ですか?」
「俺の研究室、初めてだろう?…ちょっと試さないか?」
下卑た顔でマークルは、華奢で美しい少女の入ったカプセルが数体あるのを示した。
「嫌ですよ。売り物に手を出すわけにはいかないでしょう!」
「売り物じゃなくなった奴があるんだよ。」
マークルは太った体で狭く見える通路を行き、カプセルから一体の少女を出してきた。美しいロシア系のブロンド美少女は全裸で、ウィルは目のやり場に困る。しかし、そうしながらも彼女の左腕が肩から欠けている事に気付いた。
「欠損品で廃棄が決まったんだよ。…これならここで試しても問題ない。」
「お、お断りします!」
身を翻そうとしたウィルをマークルがガッチリと掴んだ。
「さあ、クリスティーナ、バーネット君を楽しくさせてごらん。」
クリスティーナと呼ばれた少女が右手と足をウィルに絡めてきた。そして濃厚なキスを始める。唾液が溢れて来たところで、ウィルの体に異変が起こった。
「彼女の体液にはね、即効性の媚薬があるんだ。…もう、効いているだろう?」
息を荒げ、ウィルの手は熱くなった下半身を押さえた。
「暫く精力絶倫になるのは間違いなし。…でも、相手はクリスティーナじゃない。」
勝手な物言いで、マークルはクリスティーナを遠ざけた。
「これからバーネット君に協力して貰いたい実験があるんだ。」
「…実験?」
理性を失いそうな体で、それでもウィルは嫌な予感を察知していた。
「ダイアナの制裁の適用範囲を知る為の実験だよ。」
マークルはウィルの体を押して、研究室を出た。そして居住区に向かって歩き出した。その道すがら彼は説明する。
「俺達は商品に手を出す事を禁じられてる。だけどS4に関しては、ダイアナは商品とは違う認識をしているらしいって、ビーズリーが言うんだ。ダイアナはS4に危害を加える者には容赦はしないだろうが、S4が望む事を叶えてやっている人間には攻撃しないんじゃないかって見解なんだけど、…実際に確かめてみないと分からないだろ?」
「具体的に、…僕に何をさせようとしてるんですか?…はっきり言って下さい。」
マークルの意図をダイアナに知らせる為に、ウィルは質問した。
「だからぁ、S4が望む事をおまえがシてみるんだよ。」
ウィルはそこで激しい抵抗を見せた。しかし欲情に抗えないと思ったのか、彼はマークルのズボンを脱がしに掛かった。予想外の展開にマークルは悲鳴を上げる。
「誰かー!犯されるー!」
マークルの贅肉に覆われた巨大な尻が露になる。そこにデニスが現れ、ウィルを引き剥がした。
「マヌケな展開にもっていくなよ。」
「だって、いきなりコイツが…!!」
マークルは肉を揺らしながらズボンを引き上げた。
「しょうがない。…S4の部屋まで送ってやるよ。」
マークルとは対照的に痩せて神経質そうな目をしたデニスが、二人掛かりでウィルを連れて行くように示唆した。
両側を二人に固められたウィルは、引き摺られるように歩かされる。
「おまえの…デカそうだな。」
デニスがウィルの張り詰めた股間を見てニヤついた。
「白人と黒人の良いとこ取りなんだろ?混血はずるいな。」
マークルが恨めしそうに呟いた。
「…こんな事!…絶対に許されない!!」
ウィルは彼らの魂胆を暴いてやろうと決意する。
「ダイアナの監視を欺くのが面倒になって、S4に求めさせて安全に性欲処理が出来るかどうかを、僕を使って実験台にするんでしょう!?おい、ダイアナ!直接彼らに教えてやってくれよ!」
ダイアナの返答はなく、デニスは軽く笑い飛ばした。
「おい、大丈夫か?気を確かに持てよ。…俺はおまえを担当先へ送ってやってるだけだ。」
「お、俺だってそうだよ!」
マークルも慌てたようにデニスに便乗する。
全体重を後ろに掛けて進行を阻止しようとしたウィルだったが、居住区へ通じる扉の前まで連れて来られ、扉はデニスによって開かれた。
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