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第13話「潜入」

 カイル・エマーソンと四名のFBI捜査官は、倫理審査委員会の人間を一人連れて、ヘリコプターで北太平洋沖へ向かい、無名の小さな島を目指していた。  その島にスターリング・グレイソンに拉致された研究員がいて、助けを求めているのだ。  同じようにグレイソンに接触して消息を絶ってしまった兄を探す為、カイルは無理を言って同行させて貰っていた。  事前にドローンによる調査の結果、セーフコ・フィールド(シアトルの野球場)二つ分程の大きさの島は、建物の建つ中央から半径百メートル以外は何の開拓もされておらず、港湾設備もない為、ヘリコプターでの侵入以外不可能だという事が分かった。  島が目視出来る程になった頃、上級捜査官で指揮をとっているスティーブン・ランターが、最終確認をする。 「先ずはコノリーさんと私とカイルで倫理審査委員会として潜入する。ルーカスとジョーイはパイロットとヘリの安全を確保。何かあったら応援を頼む。携帯電話は使えない。連絡はトランシーバーで行う。」  トランシーバーの周波数を各自チェックして、いよいよ島の研究施設への潜入が開始された。  白い建物の屋上に降り立つと、鍵の掛かった厳重な扉があった。インターホンで呼び出すと、男の声が直ぐに応じてくれた。 「この島は個人が所有するもので、許可なく侵入されるのはお断りしています。」  倫理審査委員会のコノリーが代表で挨拶する。 「私は倫理審査委員会のジェシー・コノリーです。カディーラ本社の方ならご存知なのではないでしょうか?…こちらがグレイソン事業本部長の新しい研究施設だという事で、視察に参りました。」 「…そうですか。それでは外階段に通じる扉を開錠しますので、降りて、灰色の建物までお越し下さい。」  厳重な扉がアンロックされ、中へ入ると二つ並んだ扉の内のひとつが電子音を立ててアンロックされ、誘導されるようにスーツ姿の三人は扉へ入った。  階段で九メートル程下へ降りる。途中、ランターが嫌がらせとしか思えない、と愚痴を言った。  灰色の建物の前に行くと、先程応対した者だと思われる、縁無し眼鏡を掛けた四十代前後の男が出迎えた。白衣は着ておらず、ジーンズにジャンバーという出で立ちだった。 「寒い中、ようこそ。…さあ、中へお入り下さい。」  灰色の建物の玄関を抜けると、シンプルな造りの小さなミーティングルームが現れた。その椅子に適当に座るように男が計らう。 「失礼ですが、あなたはカディーラの社員の方ですか?」  ランターが問う。 「申し遅れました。…私はグレイソン事業本部長、直属の部下、トーマス・ネスビットと申します。」 「こちらでは何をされているのですか?」 「これから行われる研究の始動準備をしています。」  ネスビットの答えに、今度はコノリーが口を開く。 「これから?…何の研究をするのか、事前申請の準備はされていますか。」 「ああ、ちょっとお待ちください。」  男は部屋の隅にあったプリンターを操作して、数枚の文書をコノリーに手渡した。 「…DNAを直接注射して可能性を見出す研究、ですか。」 「他社でも、やっている事ですよ。…他は老化を緩和する研究や、幹細胞の増殖を容易にする研究が予定されています。」  ネスビットは薄笑いを浮かべた表情で、淡々と説明した。 「まだ着手していないという訳ですね?」  コノリーの厳しい視線に、ネスビットは深く頷く。 「勿論です。あなた方に内緒で行うのは違法ですから。」 「こちらにいる研究員の方達のリストはありますか?」  ランターの問いに、ネスビットの顔が多少歪んだ。 「いえ、今のところ、ウェストシアトル工場勤務の者が交代で来ているので…。」 「本当ですか?少々杜撰(ずさん)ですね。今日、こちらにいる人員名簿をこれから作成して提出して下さい。」 「必要ですか?」 「必要です。…その間、施設内を見せて貰いますよ。こちらの建物と、あちらの白い建物と両方、いいですね?」  ランターが強制すると、ネスビットは目に見えて焦り出した。 「隣はグレイソン事業本部長の別宅で、研究施設ではありませんよ。」 「本当ですか?…怪しいですね。両建物の見取り図を提出して下さい。」 「それは、私の管理するものではないので…。担当者に聞いてみないと…。」  歯切れの悪いネスビットに担当者に連絡するようにランターが強く言うと、ネスビットがスマートフォンで何処かへ連絡する。独自のネットワーク回線が設置されているのが窺えた。  十分近く経って部屋の隅のプリンターから、見取り図が印刷されてきた。それに目を通し、ランターは溜息を吐く。 「部屋の名称が記載されていませんね。」 「特に何の部屋かは決まっていないのですよ。隣は居住施設ですから、研究員が数人、寛いでると思いますよ。」  ネスビットの動向を窺っていたカイルは、白い方に何かあると勘を働かせた。 「俺が隣の確認をして来ますよ。…キーカードがあるなら渡して貰えますか?」  カイルは見取り図を手にして立ち上がり、ネスビットの前に進み出た。 「ただの居住施設ですよ。あなた達に踏み込む権限があるんですか?」 「踏み込む?…本当に研究施設でないか、確認させて下さいとお願いしているんですよ。」  カイルに威圧され、ネスビットは渋々承諾した。 「それでは、使用人に案内させますよ。」  ネスビットの手配により、カイルは隣の建物へ移動した。玄関には使用人だという老人が一人待っていた。庭仕事や掃除等がメインの仕事なのか、土汚れが少し付着したエプロンと長靴を着用している。 「エマーソンです。中を拝見出来ますか?」 「ベネットです。…どうぞ。」  心なしか老人の顔色は悪い。 「ここには長くいらっしゃるんですか?」 「…いいえ。」  老人は俯き、カイルと目を合わさないようにしているようだった。 ――この老人にもマイクロチップが埋められているとしたら、行動によってはダイアナに殺されてしまうかも知れない。  白い建物は、中も白を基調とされた部屋で構成され、調度品や家具は全て黒で統一されていた。  広いダイニングルームに入ると、老人がお茶を勧めて来た。カイルは頷くと、老人に支度をさせ、背後から近寄ると、彼の首に腕を回して力を込めた。あっというまに老人の体が床に崩れ落ちる。  老人の脈を確認すると、カイルは老人の体を探り、カードキーを手に入れた。  建物内を散策し、カイルはT-S004とプレートの貼られた扉の前に来た。金属製の扉の横にはカードリーダーと静脈認証装置と思われるパネルが付いている。  迷わずカードを通すが、アンロックされない。 ――静脈認証もしないとダメなのかよ?  意識を失った老人の手を借りる事を過らせたカイルだったが、更に奥に扉を発見して、そちらへ移動した。そちらも扉の形は違うが、同じような装置が付いている。ダメ元でカードをリーダーに通すと、そこはあっけなく開いた。 「罠か…?」  思わず呟いたカイルだったが、扉の奥へ向かった。細長い廊下を進むと、最奥から屈強な傭兵が二人現れた。銃器を構え、カイル目掛けて走って来る。十秒掛からないだろう。  カイルは手近な扉を開けようとカードキーを使うが、扉が開かない。 ――クソ!やっぱり罠だった!  扉を殴りつけた瞬間、背後で別の扉が開いた。 「こっちへ来て!」  女性の声がして、カイルはその扉の中へ飛び込んだ。

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