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第14話「救済」
傭兵が迫る中、白衣の女性に声を掛けられ、その彼女の部屋に飛び込んだカイル・エマーソンは、その女性が内通者で囚われの身のシルビー・ザナージである事に気付いた。
「シルビー・ザナージだな?君を助けに来た!…って、今は助けられたんだけど…。」
「まだよ!この機材を全部扉の前に置いて!ダイアナにアンロックされるわ!」
シルビーに言われるまま、寝台タイプの機材や、そこそこ大きな機材を扉の前に置いた。
「こっちに来て!ヴィジランテが入って来る前に!」
シルビーは部屋を移動し、ダクトの点検窓を指差した。椅子を真下に置き、ダクトに入るように促される。
カイルが先にダクト内へ入り、シルビーを引き上げた。暫く進むと、次の点検窓が見えたら出るようにシルビーが指示を出した。
「了解。」
目的の点検窓に辿り着き、先にカイルが飛び降りた。部屋に人の気配はない。安全を確認した後、点検窓から降ろされたシルビーのジーンズの足を肩で受け止め、彼女の上半身を支えながら下へ降ろした。その際に、彼女の下腹部の膨らみに気付く。
「君、妊娠してるのか?」
全体的に華奢な体で気付き難いが、下腹部がぽっこりしている。ジーンズに見えたものはストレッチ素材のパンツだった。
「五ケ月よ。代理母にされたの。」
シルビーは白く汚れてしまったカイルのダークグレーのスーツを軽く叩いた。FBI捜査官の一人に借りた物だったが、仕方ないとカイルは割り切る。
「代理母って?…ここで一体何が行われているんだ?」
カイルは新たに訪れた部屋を見回す。先程のシルビーの部屋と変わらない大きさの部屋には、大きなカプセルが四つ立ち並んでいて、中にはドロドロの液体が入っているようだった。
「あなた中国系?」
不意な質問に、カイルは意識をシルビーに引き戻された。
彼女の顔に化粧っ気は全くなく、少年のように短く刈った髪型をしている。それでも美しく整った顔立ちは、カイルを魅了した。
「それともメキシカン?」
再度、問われ、カイルは慌てて答える。
「いや、半分日本人だが…。」
「日本語、話せる?」
「ああ。」
カイルが頷くと、シルビーは嬉しそうに両掌を組んだ。そして、癖のある日本語で話し始める。
「良かった!人工知能が話を聞いてる。最初は英語だけ理解してた。だけど今はイタリア語とウクライナ語も理解してしまった。でも、日本語ならまだ大丈夫。」
少し苦笑したカイルは、流暢な日本語で会話していく。
「了解。ここはグレイソンの何なんだ?」
「ここはグレイソンが創った遺伝子操作研究所。違法な施術で普通の人間を屈強な兵士に変えたり、性欲処理用の少年や少女を売買用に造ったりしてる。」
カイルは先程襲ってきた男達が、遺伝子操作をされた兵士なのだろうと推測する。
「君もその研究をさせられていたのか?」
「私は少し違う。私はクローンを生み出す為の道具。」
シルビーは下腹部に手を当てた。
「そのお腹の子がそうなのか?」
「そう。…あなたは連邦捜査官?」
ビジネススーツの上からでも分かるカイルの鍛えられた体付きと、短く刈られた短髪の容姿に、シルビーは倫理審査委員会の人間ではないと判断した。
「いや、俺は軍人だ。知人の捜査官に頼んで同行させて貰った。俺は人を探している。…トロイという男を知らないか?俺の兄なんだ!」
シルビーはハッとしてカイルを制した。
「その名前を口にしてはダメ。日本語の発音でも人工知能に追跡される可能性がある。」
「どういう事だ?…彼を知っているんだな?」
シルビーが頷くと、カイルはトロイに近付いた事を噛み締めた。
「彼は大事な資産だから。彼を知っている人間は追跡の対象に設定される。…あなたは彼の弟?全然、似てない。」
「母親が違うんだ。」
お決まりの言葉に、カイルは感情を込めずに答えた。
「そう。…残念だけど、彼はもういない。十五年ちょっと前に研究材料にされて、死んでしまったとされている。遺体の確認はされていないようだったけど。」
カイルは一気に絶望を味合わされた。研究材料という残酷な言葉が彼の脳内を侵食する。
「そう…か。分かった。…とにかくここを出よう!」
カイルが振り切るように言うと、シルビーが縋りついてきた。
「私よりも助けて欲しい子供がいる。」
「子供?…助けるよ。ここに囚われている人達、全員助ける。」
安心させるようにカイルが言うと、シルビーは少し暗い表情をした。
「全員は助けなくていい。…私の前に誰かに会った?」
「ネスビットという研究員と、ベネットっていう爺さんに会った。」
「ネスビットは生きてるの?」
カイルの答えに、シルビーは顔を強張らせた。
「ここへ来て直ぐ、彼が応対してくれた。…死んでる予定だったのか?」
シルビーは軽く首を傾げてみせた。その目には悲しみが滲んでいる。
「ネスビット、ビーズリー、デニス、マークルの四人はダイアナの制裁の対象だった。彼らはここで造った少女達を人権がないからといって酷く犯してたのを、私が報告した。私の子も犠牲者になっていたから!」
シルビーの見た目が二十代前半にすら見えるので、カイルは三十四歳だという実年齢を改めてを思い出した。
彼女が性的対象に見られるくらいの女の子を産んでいた事を、カイルは想像する。
「助けたい子供って、君が産んだ子?」
「そう。ここの居住区域に、彼はウィルという研究員と一緒にいる筈。」
「今、彼って言ったか?」
聞き間違いかと思い、カイルは慌てて問う。
「…彼は今、十三歳の少年。あなたの兄のクローン。遺伝子操作もされているから、普通の人間ではない。優れた学習能力があり、あらゆる抗体を持ってて、風邪すら引かない。…私はルーチェって呼んでる。イタリア語で光という意味。…私が代理母となって彼を産んだ。彼にはマイクロチップは埋め込まれていない。」
「ちょっと待ってくれ!情報量が多くて、混乱してる。」
カイルは頭を抱える。
――CDCから盗んだ病原体はあらゆる抗体持つ人間を造る為…?研究材料になったトロイのクローンを…彼女が産んだ?
カイルが脳内で整理を続けていると、シルビーが懐中時計を白衣のポケットから取り出し、時計の裏側を開いて見せた。中には四枚のマイクロSDカードが、防護材に収められていた。
「全てではないけど、ここにデータを入れてる。この時計の中は電磁パルスを使われても保護される。ここが破壊されても、この中身を見れば、ルーチェの事もグレイソンの罪も分かる。」
カイルは悩ませていた頭を一旦解放して、シルビーのデータに目を輝かせた。
「それは助かるよ!…これでAIを停止させる事が出来る。」
「人工知能と言って。…でも、どうやって?」
シルビーは半信半疑な表情でカイルを見つめた。
「USBキラーがある。それを挿せば、人工知能は死ぬ。」
「彼女の防御力は凄いのよ。」
「普通のウィルスなんかじゃない。電磁パルス相当の代物だよ。」
言いながらも、シルビーの身を案じると、カイルも不安が浮かび上がってきた。
「心配なら俺がチップを取り出してやろうか?俺は医者でもあるんだ。特殊水陸両用偵察衛生兵って聞いた事ある?」
「なんとなく。…でも断る。昔は耳の裏だったけど、自分で取り出す者もいて、今は脳内に埋め込まれるようになった。出すのは簡単じゃない。」
「脳内か…。」
カイルが渋い顔をすると、シルビーはカイルの手を握り、意志の強い瞳を向けて来た。
「USBキラーを信じるからいい。」
二人は見つめ合う。
「ねぇ、ザナージさん…。」
「シルビーでいい。」
「シルビー、俺は君と結ばれそうな気がしてる。」
「どういう事?」
突然、振って湧いたような言葉を理解できないと言った具合のシルビーに、カイルは顔を赤らめた。
「私とセックスしたいって事?」
シルビーの問いに、カイルは慌てて否定する。
「違うよ。運命の相手かもって思ったんだ。…こんな時にご免!」
シルビーは美しく微笑み、首を軽く横に振った。
「それじゃあ、味見をしてみればいい。」
二十センチ程下にあるシルビーの唇へ、カイルの唇は引き寄せられた。
「どう?」
キスの後の問いに、カイルは更に顔を紅潮させる。遺伝子レベルで彼女が欲しくなるのが分かり、初めての感覚に心が震えた。
「君と結婚したい。」
シルビーは微笑んだが、堅実な答えを返される。
「今は答えられない。ここを出て、改めて申し込んでくれたら、その時、返事をする。」
「分かった。」
その後、気を引き締めて、カイルはトランシーバーで、ランターに連絡を取った。
「こちら、カイル。シルビー・ザナージと一緒にいる。証拠のデータも手に入った。USBキラーを使用してくれ。」
「こちら、ランター。傭兵数名に襲われてる。応援を呼んだ。隙をみてUSBキラーを使用する。」
通信終了後、シルビーは逃げ出すルートをカイルに伝える。
「この部屋を出た直ぐ先に、外に出られる扉がある。」
カイルは傭兵二人が入って来た扉なのだと確信する。
「一旦、外へ出て、玄関から中に入って、ルーチェの元へ行きましょう。」
シルビーが先に廊下へ出ると、傭兵二人が他の研究室へ入って行くのが見えた。それを確認した彼女は静脈認証で外に通じる扉を開け、カイルを誘導した。
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