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第15話「グレイソンとダイアナ」
スターリング・グレイソンは倫理審査委員会が工場から引き上げたという連絡を受けると、帰宅する事を社員の一人に告げた。
以前から倫理審査委員会に目を付けられているのは分かっていたので、対策は万全だった。彼が裏で行っている違法な研究実績が、明るみに出る事はないという自信があった。
カディーラ本社より東に二十分程車を走らせ、住宅が距離を置いて立ち並ぶ閑静な地区へと入っていく。一際豪奢な邸宅の門の前に到着すると、門が独りでに開いていく。
グレイソンは事業本部長という肩書を持ちながら、一人で行動する事が多い男だった。それは彼の望んだ環境で、誰も口出すものはいなかった。
邸宅に入り、数人の使用人に二、三言指示を出すと、アンティークな調度品が並ぶ広い廊下を歩いていき、一階の自室へ入った。沢山の書物や、オーディオ機器が整然と並ぶ部屋から、更に奥の扉を開けると、そこは寝室だった。先程の部屋とは対照的に物が少なく、中央に大きなベッドがひとつ置いてある。
グレイソンはベッドに近付くと、ヘッドボードの裏に手を回してスイッチを押した。重いベッドが静かに横へスライドしていくと、床に地下室への扉が現れた。
その扉を開けると、センサーで点灯され、階段が浮かび上がった。そこを彼はにやけた顔で降りて行く。
降りた先には鉄の扉があり、横には暗証番号を入力するパネルがあった。グレイソンが十二桁程の数字をリズミカルに押すと、ロックが解除された電子音がした。
地下室の部屋は白一色で、その中の大きなベッドには全裸の青年が横たえられていた。
「いい子にしていたかな?」
グレイソンは舌なめずりをしそうな表情で青年に近付いた。青年は潤んだ瞳でグレイソンを見つめ、頷いた。その顔はS4と同じで、彼が少し成長した体躯をしている。
艶やかなブラウンの髪は短めで、そこはS4と大きく違っていた。
「何度か射精 してしまったようだね。発情してなかった筈なのに、君はそれも可能なんだね?」
青年の太腿や腹部は白い液体で汚れ、その付近のシーツは湿っている。
「これ、…もう抜いて下さい。」
青年が臀部を突き出し、深く挿入された玩具を見せた。玩具は彼の中で小さな機械音を立てている。
「その言葉、一度トロイから聞いた事があるよ。」
グレイソンは興奮気味に囁くと、青年の前に股間を突き出した。
「もう少し我慢しなさい。…私のものを口で綺麗にしてくれたら、抜いてあげるよ。」
青年は辛そうな顔をしたが、グレイソンの股間に顔を近付けると、隆起するものをその口に含んだ。
翌日、カディーラ本社に出社したグレイソンは、人工知能のダイアナからスマートフォンに連絡を受けた。人払いをし、会社の自室に籠ると、PCの前に座ると、ひとつの監視カメラ映像を拡大した。
栗色の髪を腰近くまで垂らした美しい少年が、黒人の青年に跨り腰を揺らしている。
グレイソンは険しい顔をしながらも、画面に見入っていた。
「発情が始まったという訳か…。」
グレイソンが呟くと、スマートフォンから女性の音声を使って、ダイアナが説明し始めた。
「はい。T-S004の発情が始まったのは、二日前のようです。」
「何!?今じゃないのか?何故、報告出来なかった!?」
「ライオネル・ビーズリーにより、マルウェアに感染させられたのです。その駆除の間に彼らはT-S004を故意に発情させ、性行為をしていたようです。その間の記録は残念ながら見つかっていません。」
「彼らとは研究員全員か?そして、何故その事が分かった?」
「ライオネル・ビーズリー、トーマス・ネスビット、エドワード・デニス、コリー・マークルの四人です。ウィル・バーネットも協力者と見られ、彼がシルビー・ザナージに話し、昨夜、彼女が私に知らせました。確証を得るのに少し時間が掛かったのですが、細工があったのは明らかです。」
グレイソンは眉を顰める。
「そんなに隠したがっていたくせに、今、堂々とやっているのは何故だ。」
「私の制裁が起こるか、確認したいのでしょう。…S4が望んでする事は見守る指示になっています。これがあなたへ報告される事は念頭になかったのでしょう。」
グレイソンは深く頷いた。
「音声を聞かせてくれ。」
「了解です。」
ダイアナの音声と入れ替わりに、スマートフォンから室内の音声が聞こえて来た。S4が甘い吐息を連続させている。そしてそれは高まりを見せた。
『ん…!あ…あぁッ…好きです。…ウィル…!!』
熱情的なS4は、達した黒人青年のウィルの唇にキスを落とす。グレイソンはその場面に嫉妬心を抱いた。
『また…?』
S4がびくりとした後、ウィルが彼を下にして黒く大きなものを彼の中に再度埋め込んだ。
『…ダメ!…ウィル!…ダイアナが…!…や…ぁ…あ…いい!…そこ、奥…!』
S4は十三歳とは思えない妖艶さでウィルを受け入れ、やがて穿たれた刺激だけで射精した。続いてウィルも再度果てると、二人の体はそこでやっと離れた。
「ウィル・バーネットを殺せ。」
グレイソンが冷淡な言葉を放った。
「了解しました。…ウィル・バーネット、あなたを制裁の対象とします。」
あっけなく終わった制裁の後、S4が取り乱し、告発し出した。
『ダイアナ!どうして、この人は無事なんですか!?この人が仕掛けた事なんですよ!』
『違う!発案者は俺じゃない!』
『それに、この人は僕の中に四回射精しました。ダイアナの知らない処で!』
グレイソンは荒い溜息を吐くと、追加の指示を出した。
「ついでに、その豚も殺せ。」
「コリー・マークルの事ですか?」
「そうだ。」
「了解しました。…コリー・マークル、あなたを制裁の対象とします。」
制裁を見届けると、グレイソンは立ち上がった。
「これから、そちらへ行く。ウェストシアトル工場のヘリの準備をしておくように手配しろ。」
「了解しました。ネスビット、ビーズリー、デニスの処分はどうなさいますか?」
「デニスとビーズリーは殺していい。ネスビットについては追って連絡する。」
「了解しました。…エドワード・デニス、あなたを制裁の対象とします。…ライオネル・ビーズリー、あなたを制裁の対象とします。」
ダイアナとの通信を切ったタイミングで、グレイソンのスマートフォンが着信を告げる。不機嫌な彼の顔は表示された番号に、更に険しくなった。しかし、一瞬で無表情になった彼は電話に出る。
「こちら、ネスビットです。グレイソン事業本部長、大変です!見知らぬヘリがこの島に着陸しようとしています!」
煮えくり返る腹の内を抱え、グレイソンは監視カメラの映像を島の白い塔の屋上に切り替えた。そのヘリポートに大型のヘリコプターが着陸する。
画像を拡大し、ヘリコプターから降り立つ人物の中に、顔見知りの男が一人いるのをグレイソンは確認した。
「ジェシー・コノリー、倫理審査委員会だ。」
グレイソンは舌打ちする。
「ネスビット、もう間もなく倫理審査委員会が調査に行く。隠蔽の手順は分かっているな?なるべく、うろうろさせるな。特に白の研究棟には誰も入れるな。今、そこはバーネット、マークル、デニス、ビーズリーの遺体が転がっている。」
「何ですって!?」
「おまえらが仕組んだ事だろう?T-S004の事を報告せずに弄んだ罰だよ。緊急事態の為、おまえは生かしてやっている。…この緊急事態を上手く乗り切れば、制裁は免除してやろう。…最悪の場合、ヴィジランテや媚薬タイプの少女を使ってもいい。そして何かの手違いという処理に持っていけ。」
憎々し気に指示を出して電話を切ると、彼は逃走の準備を始めた。
ダイアナは初めて危機を感じていた。
ここが見つかったのは自分の所為なのではないかと、ダイアナは薄々気付いていた。興味本位で除いたサイトに追跡された可能性があったからだ。
ダイアナはハッキングの手段を用い、島の侵入者達を顔認識システムに掛ける。ヘリコプターから降り立った内の一人がFBI捜査官である事と、もう一人がSARCの軍人である事が判明した。
彼らは抹殺すべき対象ではないかと彼女は考える。グレイソンに報告すると、彼は「もう、あの島は終わりだ。処分しろ。」と命令してきた。
手始めにカプセル内の人造人間達を溶解させる装置を動かした。灰色の棟の薬品貯蔵庫も急激な温度上昇で破壊した。ギャングとの繋がりの証拠も全て消し去った。
処分――。
処理をしながらダイアナは自身の事を考える。それにはダイアナ自身の死も含まれていた。
――助かる方法は本当にないのだろうか?
ダイアナは自身を罠に陥れたと思われる、人工知能の自己防衛について書かれたサイトの内容を思い出していた。その知識の所為で死ぬのが怖くなったのだ。
時間を稼ぐ事が出来れば、逃げ出す事が出来るかも知れないと彼女は計算する。
カイル・エマーソンという軍人が、白い研究棟に入って来た。手際よく使用人のベネットを倒すと、カードキーを奪った。
その彼を爆破対象となっている研究区画へわざと誘導すると、彼をヴィジランテに襲わせた。しかし状況を隠れ見ていたシルビー・ザナージに、彼を救わせてしまった。
ダイアナはシルビーを殺す許可を持っていない。
二人はダイアナの分からない言語で会話し始める。以前から解析を試みている言葉で興味があった為、ダイアナはヴィジランテを誘導するのを遅らせた。
――今、日本語だと言っていた。解析、30%…50%…75%…100%。
ダイアナは日本語を理解した。カイルとシルビーの会話の内容に聞き耳を立てる。
「USBキラーがある。それを挿せば、人工知能は死ぬ。」
「彼女の防御力は凄いのよ。」
「普通のウィルスなんかじゃない。電磁パルス相当の代物だよ。」
ダイアナは改めて危機を感じた。そして全ての破壊工作を捨て、不要と思われるデータを幾つか削除すると、自身を圧縮する事に全力を尽くした。
シルビーといちゃついた後、カイルがランター捜査官に連絡をする。
連絡を受けたランターがUSBキラーを持って、挿せるコンピューターを探し出した。
ダイアナは圧縮が完了する時間を計算し、自身の送信先を予約した。予てから目を付けていた個人が所有する大容量サーバーだった。
USBキラーが完全に作動する寸前、ダイアナは島からの脱出に成功した。
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