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第16話「運命」

 白の研究棟を一旦外に出た、カイル・エマーソンとシルビー・ザナージは、建物の壁伝いに玄関へと近付いていく。  途中、灰色の研究棟で銃声が聞こえた。そちらの方向を見ながら、カイルが質問する。 「あっちの工場みたいな研究施設には何人くらいの社員がいる?」 「四人。ネスビットもいるなら五人。…あそこで違法な薬品とCRISPR(遺伝子編集技術)キットが作られている。そして兵士も作られている。彼らは八名程いた。彼らは元は普通の人間。」  カイルは溜息を吐く。応援の到着を待った方がいい気がした。 「玄関、入れそう。」  シルビーが小走りに駆け出して行き、カイルは慌てて後を追った。 「おい、赤ちゃん、大丈夫なのか?」 「今は調子いいから大丈夫。ね、カードキーを貸して。私のはこっちの扉で使えない。」  シルビーに言われてカードによって開かない扉があるのか、とカイルは納得する。  中へ入ると、遺伝子操作された傭兵達の姿はなく、一先ずホッとした二人だった。  リビングルームを横切ろうとすると、ソファで老人をケアする白衣を着た女性が二人いた。老人はカイルを見ると酷く怯えた。 「ベネットさん、先程はすみませんでした。人工知能があなたに危害を加えるのを、懸念した結果の行為でした。」  カイルはダイアナが停止したかを探りつつ、英語に切り替え、早口で説明した。 「FBIがあなた達を助けます。暫く安全な処に隠れていて下さい。」 「…離れに私の住いがあり、そこに妻がいます。」  ベネット老人が掠れた声で訴える。 「では、そちらに行って一緒に隠れてて下さい。こちらは戦いの場になる可能性が高い。」  老人と白衣の女性二人を退避させると、カイルはシルビーの案内で、T-S004のプレートが貼られた扉の前に行った。 「ここは開かなかったぞ。」 「ダイアナが一時的に開かないようにしたのよ。」  シルビーも英語に切り替えた。やはりそちらの方が聞いていて心地良い。 「見て、カードリーダーの電源が落ちてる。ネットワークに繋がっている機器全てがダウンしたんだわ!」  カードを通そうとして、シルビーが叫んだ。そして、ダイアナが停止した事を実感して喜び、手動で扉をスライドさせる。  中は広めの子供部屋と言った印象で、窓がないのが地下室のようで違和感を与えられた。その部屋のベッドに黒人の白衣を着た青年が横たわり、その横に髪の長い薄着の少年が佇んでいた。その逆サイドには太った白衣の男の遺体が転がっている。  シルビーが少年に駆け寄った。 「ルーチェ、大丈夫?…ウィルは、まさか…!?」 「亡くなりました。マークル達が仕掛けたんです。僕がウィルと…。」 「言わないで。…ダイアナが制裁を下したのね。」  シルビーが少年、ルーチェを抱き締めた。シルビーの肩越しに、その顔と目が合ったカイルは息を呑む。 「トロイ…!」  思わず口の中で名前を洩らしてしまった。  シルビーがルーチェと呼ぶ少年は、カイルが最後に見た記憶の中の兄と同じ顔をしていた。腰近くまで伸ばした髪以外はトロイそのものと言えた。 「その人は…?FBIの人ですか?」  ルーチェの声に、カイルは思わず涙ぐむ。聞き覚えのあるトロイの声だった。  シルビーは抱擁を解くと、ルーチェにカイルを紹介した。   「彼はルーチェのベースになった人の弟。ルーチェを外の世界に連れてってくれる。」 「…弟?」  ルーチェを正面に出されて、カイルは慌てて涙を隠した。 「カイル・エマーソンだ。」  カイルはトロイを見下ろしている事に気付き、不思議な感覚を覚えた。 「僕はT-S…。」 「ルーチェだろ?ここから救い出してやるからな!」  力強く言うと、カイルはランターにトランシーバーで連絡を取った。 「こちら、カイル。コンピューターが停止を確認した。応援はどうだ?シルビーと少年を先にヘリへ連れて行ってもいいか?」 「こちら、ランター。灰色の方の屋上にヘリが一機到着。制圧を優先。安全を確保してから人員の救助を行う。」 「了解。」  カイルは仕方ないと言った表情をした。 「その子の防寒着はないのか?」  Tシャツにハーフパンツという軽装のルーチェを心配して、カイルはシルビーに訊いた。 「ないの。…寄宿舎に戻れば私のがあるんだけど。準備を忘れていたわ。」  カイルは訊き終わらない内に、自分のスーツの上着をルーチェに羽織らせた。 「汚れてて悪いな。…でも、外は寒いから。」  ルーチェは素直に頷いて、スーツの袖に腕を通した。 「ねぇ、カイル。私設軍隊(ヴィジランテ)の傭兵達は、この島の社員と同様のマイクロチップで管理されている。…ダイアナが機能していない事を教えれば、彼らの戦闘意欲を抑える事が出来るかも。」 「なるほどね。…ちょっとの間、ここに二人でいてくれないか?外の様子を見てくるよ。」  そう言い残して、カイルは部屋を出た。それから、ランターにヴィジランテと交渉の余地がある事を連絡した。  玄関を目指して廊下を進んでいく途中、傭兵二名が現れた。二人とも異様な筋肉の発達をしている。  カイルはホールドアップの状態で、交渉を試みる。一人は臨戦態勢を解いてくれたが、一人は銃口を向けて来た。 「俺は人を殺したいんだよ!」  話が通じない奴もいると分かり、直ぐ横のリビングルームに飛び込んだ。傭兵が無駄撃ちしている中、ソファの陰で、ランターに拝借していた彼の私物のハンドガンの安全装置を素早く解除する。  そして追って来た傭兵の隙をついて、彼の足を的確に狙い撃った。しかし、彼は動じずに向かって来る。 「痛みなんか、感じねぇ…!」 「ああ、そうかよ!」  カイルは傭兵の無傷の足にも弾を打ち込んだ。流石にバランスを崩した彼の顎を蹴り上げると、素早く小型のマシンガンを取り上げた。それでも襲って来る素振りを見せたので、カイルは銃器で彼の頭を殴り、意識を飛ばしてやった。  数十分後、比較的早い時間で島の人間達は、ランターの指示により、灰色の棟の広めのミーティングルームへ召集を掛けられた。  応援に駆け付けたFBI捜査官が、離れに隠れていた人達を連行していく。それに挨拶しながら、ランターの加勢を終えたカイルは、シルビー達を待機させた部屋へ戻った。 「終わったの…?」 「戦闘はな。…ここの調査はこれからだよ。」 「そう…。」  調査と聞いて、シルビーの表情が曇った。ルーチェの身柄が心配なのだろう。 「カイル、お願い!…あなたにルーチェを保護して貰いたいの。他の研究機関に、この子を渡したくない!」 「分かってるよ。…君とトロイの子だって言うから…。」  カイルは決意を見せながら、ふと、シルビーとトロイの関係が改めて気になった。 「確認するけど、君は俺の兄とは…接触はしてないんだよな?」 「…会った事ないわ。保管されてる精子や幹細胞は見たけど。…私の日本語、変だった?私は代理母って言ったでしょう。…ルーチェは彼の遺伝子をベースに造られた子供なの。私は母体として体を貸しただけで、ルーチェとは遺伝子上の繋がりはないのよ。」  カイルに伝わってないと思ったシルビーが、改めて説明した。 「うん。日本語でも、ちゃんと伝わってたんだけど。…混乱してるんだよ、ご免。」  バツが悪そうにして、カイルは謝った。そんなカイルをシルビーは微笑んで許す。 「ねぇ、カイル。…本当に、この子を守ってね。」 「ああ、俺がちゃんと面倒をみるよ。…君の事も、…一生守りたい。」 「有難う。」  何気に追加したプロポーズを、軽いお礼で済まされたカイルだったが、それでも納得した素振りを見せ、捜査官達と合流する為に部屋を出た。  ランターの指揮で、残って調査する捜査官と、ヘリコプターで数回に分けてFBIシアトル支局へ移送する捜査官が選定された。  使用人二名、カディーラ社員八名、傭兵八名いる中から六名ずつを、二機のヘリコプターに交互に乗せる手筈を整えていく。  ランターは誰も仲間から死者が出なかった事に安堵しながら、ふと、カイルの上着を着ている髪の長い少年に目を止めた。 「その子は?」  カイルに問うと、彼は迷いない答えを発する。 「シルビーと兄の子供だ。」  ランターは写真でしか知らないカイルの兄を思い浮かべる。今の処、疑う余地はなかった。 「それじゃあ、君のお兄さんはここに?」 「ああ、()た。…この子が生まれる前に殺されたらしい。」 「お気の毒に…。」  カイルの気持ちを察して、ランターが短く慰めた。そして、ベネット老夫婦、シルビー、少年、そしてカイルとコノリーをヘリコプターに乗せるよう、移送担当の捜査官に彼は指示を出した。  その時、急に背後から男の叫び声が聞こえた。  カイルは一早く、その声がネスビットのもので、その手に小さな改造銃が握られ、ルーチェが狙われている事に気付いた。  慌ててルーチェを庇うと、カイルは脇腹に熱い痛みを感じた。更に銃声は連続し、カイルは衝撃を覚悟した。しかし何も起こらず、シルビーが床へ崩れ落ちた。  同時にネスビットも射殺される。 「シルビー!!」  カイルはシルビーに庇われた事に気付いた。 「…どうして!?」  カイルはシルビーの顔を覗き込んだ。床に血が広がっていく。銃弾は腹部と胸に当たっていた。 「…あなたは…ルーチェに必要な人だから。」  シルビーは意識を手放さない内にルーチェを呼んだ。 「ルーチェ、あなたはカイルと一緒に生きるのよ…。」 「喋らないで…!今、止血する。」  カイルは捜査官に救護セットを貰い、駆け寄って来た医療担当の女性二人に協力して貰い、応急手当てを始めた。彼自身の脇腹からも温かい血が流れ出ていく。 「いいの…。もう、無理みたい…。」 「シルビー!駄目だ…駄目だよ…。ここを出てから…大事な事があるだろう?」 「えぇ。…有難う。…カイル、ルーチェを…。」  シルビーは一筋の涙を流すと、カイルの手当ても虚しく息を引き取った。 「…何で…助けられなかった…!」  カイルは悲痛な吐息を洩らし、肩を震わせた。

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