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第17話「新しい家族」
カイル・エマーソンは熱に魘されながら目を覚ました。見知らぬ天井から視線を壁際に走らせ、バイタルサイン測定機器に目を止めると、そこが病院で治療中である事を認識する。
それと同時に、自身が脇腹を撃たれた事と、一瞬で恋に落ちた女性が亡くなった経緯を思い出した。そして十四歳で消息を絶った兄の、その時の容姿に酷似した少年の事も思い出す。
――そうだ、ルーチェは…!?
立ち上がろうとして点滴を外した処で、看護師が一人駆け付けて来た。
「起き上がらないで!…言う事聞かないと、鎮静剤打ちますよ!」
強面の黒人女性の看護師に気圧され、カイルは大人しく従った。そしてFBI捜査官のスティーブン・ランターに連絡を取ってくれるように頼んだ。
それから三十分経たない内に、ランターはいつも通りの小綺麗な風情でカイルの病室を訪れた。
「心配したよ。…君が亡くなったら、僕が責任を取らされるところだった。」
「ああ、悪かったな…。」
カイルのトーンの低い声に、ランターは笑顔を作った顔を引き締め直した。
「ネスビットの件は済まなかった。彼を身体検査した時は、武器の所持はしていなかったんだ。恐らく移動中か、あのミーティングルームに銃が隠されていたんだと思う。…って、言い訳は通用しないか。」
「仕方のない事だった。…君達の不手際だと責める気はないよ。」
責める気はないと言われたランターだったが、ちくりと胸が痛んだ。
「…今、どうなってる?」
カイルに訊かれ、ランターは丸椅子を引き寄せると、彼の間近に腰掛けた。そして小声で話し出す。
「グレイソンが消えた。…あの島から戻って二十二時間が経過するけど、未だ見つかっていない。逃走ルートを確保していたんだろうね。奴の屋敷にも行ってみたけど、地下室を含む部屋の半分ほどが爆破されていた。…証拠隠滅のつもりらしいよ。」
「そうか…。あの島の持ち主だったマフィアの部下が協力したのかもな。…俺一人、眠ってて悪かったな。」
「君は捜査官じゃないだろう?」
ランターは隈の出来た瞳で笑った。
「あのさ…、ルーチェは…、シルビー・ザナージの子供はどうしてる?」
一番気に掛けていた事をカイルは問う。その問にランターは少しだけ目を細めた。
「カイル、君は嘘を吐 いたね?…あの子は君のお兄さんのクローンだった。」
シルビーに託されていた、SDカードの隠された懐中時計を、ランターに渡してしまっていた事をカイルは思い出した。
「それは…だけど、シルビーが産んだ子だ…。嘘は吐いてない。」
「代理母としてだよね。…あの子は不正な実験で、造り出された人間だった。」
ランターの冷ややかな物言いに、カイルはルーチェの身の上が心配になった。
「…あの子をどうした!?」
傷の痛みも忘れて、カイルは身を起こして、ランターのスーツの腕を掴む。
「倫理審査委員会と然るべき研究機関が検討し、処遇を決める。」
「そんな…!」
辛辣な表情のランターに、カイルは絶望を感じる。しかし、少しの間の後、それを一転させるような笑顔をランターは浮かべた。
「…本来ならね。」
「え…?」
「だけど、僕がどうかしちゃってね…。データを改竄したものを上に提出しちゃったんだ。」
「改竄…?」
カイルは目を白黒させる。
「彼は君の甥だよ。彼は簡単な身体検査の後、今は僕の家にいる。…ルーチェ・エマーソンでIDを申請してるから。…あの子は君が守るといい。」
カイルは漸くランターの計らいを理解して、両手を広げた。
「ランター!ああ、スティーブン!!有難う!…他に…なんて言ったらいいのか、言葉が浮かばない!」
ハグを求められ、はにかみながらランターは、カイルを自分から抱き締めた。
「ああ…カイル、いいんだよ。」
暫く抱擁に酔いしれていたランターが、名残り惜しそうに体を離した。そしてスーツの内ポケットから、シルビーの懐中時計を取り出す。その背面を開くと、マイクロSDカードが一枚だけ入っていた。
「これも渡しておくよ。…これにはデータ改竄で不要になった、シルビー・ザナージとルーチェの記録が入ってる。」
「有難う!…君は最高だよ!」
ランターは肩を竦めてみせると、明日ルーチェを連れて来る約束をして帰って行った。
就寝時間になっても眠れないカイルは、サイドボードのスマートフォンに手を伸ばし、ダメ元だという思いでシルビーのSDカードを挿入した。
ファイルを探すと、幾つかのオーディオファイルが再生可能である事が分かり、日付が古い物をタップした。
『シルビー・ザナージ、十八歳。大手製薬会社のカディーラに就職する事が出来たわ。』
画面のシルビーは栗色の艶やかな髪を長く伸ばしていて、カイルが知る彼女とは印象が大きく違って見えた。しかし聡明な美しさは変わらない。
ファイルが新しい日付になるにつれて、自身に起こった悲劇を彼女は淡々と告げた。ローカル処理の為、ダイアナの警告はなかったようだった。
やがて、ルーチェ出産後となり、彼の成長がメインの記録に変わっていった。
映像の中の彼女は強く生きようとしているのに、もうこの世にいないのだと改めて思ったカイルは、涙で映像を曇らせた。一旦映像を止めると、彼は悲しみが果てるまで泣き続けた。
翌日の昼下がり、約束通りにランターが、ルーチェをカイルの下へ連れて来てくれた。
ルーチェは長い髪を後ろで一つに束ね、服を買って貰ったのか、暖かそうなセーターとコーデュロイのパンツを履き、その上にダウンジャケットを羽織っている。
ランターが気を利かせて、病室に二人きりにしてくれた。
「ルーチェ、これから宜しくな。」
カイルが手を差し出すと、ルーチェは困ったような顔をした。
「大丈夫なんですか?」
握手しないルーチェに、カイルは笑顔を作って手を引っ込めた。
「これくらい大した事ないよ。すぐに退院して、おまえを迎えに行く。」
「そうじゃなくて…。僕を引き取る事です。」
怪我の心配はされていないと分かり、カイルは別の問題を馳せらせた。
「問題ない。…俺達は家族なんだから。」
ルーチェの憂いは消えない。
「僕は普通じゃないんですよ。…きっと、迷惑を掛けてしまいます。」
カイルは手を伸ばし、ルーチェの細い腕を掴んで引き寄せた。
「おまえの取り扱い説明書的なのは見たよ。発情とかさせないから、俺の傍にいろ、な?」
ルーチェの不思議な色合いをした瞳が、美しく揺れる。
「大丈夫だって!俺を見倣ってれば、男らしく生きられるから!」
ルーチェは頷き、今度は彼からカイルに手が差し伸べられる。その手を包み込むように、カイルは固く握った。
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