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第23話「囚われのトロイ」
重い感覚に引き摺られるようにして、トロイは目を覚ました。
――ここは…?
狭くて白い壁に囲まれた見知らぬ部屋の中央には、ベッドが一台置いてあり、そこにトロイは横たえられていた。
トロイは起き上がろうと試みるが、体は言う事を聞かなかった。その体には丁寧に白いシーツが被せてあり、トロイは拘束を疑ったが、頭部以外の部分が弛緩しているのだろうと判断する。
――確か…俺は…五十代くらいの男に会って…。
トロイはテロリストになる可能性のある男に接触して、拉致されたのだと思い当たった。
――必ず逃げ出せる隙はある。…その為には常に冷静でいなければならない。
その精神統一を妨げるように、主犯の男が部屋へ入って来た。
「十日振りだね。…私を覚えているかな?」
白衣を着たアッシュグレイの髪の男は、トロイの顔を覗き込んだ。
「十日振りだって…?」
衝撃を受けたトロイは、思わず掠れた声で発した。
「私は実験が大好きな人間でね。君の体にも協力して貰っていたんだよ。」
「俺に何をした…?」
「まだ調べさせて貰ってる段階だから、何かをするならこれからだよ…。ひとつ謝っておきたい事があってね。」
男はシーツを捲り取った。トロイは全裸で、その体には無数のカテーテルが突き立てられていた。
「生きていく上で栄養の摂取は必要だし、排泄も必要だろう?それで幾つか管を入れさせて貰ったよ。この傷跡は責任を持って、消してあげるからね。」
「何の実験なんだ…?」
「今は主に人体を造り変える実験をしているよ。…君の場合は少し違う事をするかも知れないけどね。さあ、まだ眠っていておくれ…。」
男がトロイの腕に静脈注射をすると、彼は再び深い眠りに落ちた。
それからトロイが意識を取り戻したのは、一ヶ月も後の事だった。
最初に見た部屋よりも遥かに広い部屋に移されており、トイレやバスルームも完備されたスタジオルームといった雰囲気だった。しかし、窓はひとつもなく、トロイは此処が地下室ではないかと推測した。
部屋の隅の天蓋付きベッドの上で、やはり全裸で全身を弛緩させられているトロイは、苦悶の表情を浮かべた。そんな彼に気付いた男が一人近寄って来た。
白衣を着た男は細身の長身で、三十代前半くらいに見えた。トロイは勝手に爬虫類顔だと認識する。
「あんた…誰?」
「医者だよ。」
彼は短く答えると、聴診器でトロイの体を確認し、部屋を出て行った。
入れ違いに主犯の男が現れる。
「主犯のお出ましか…。」
トロイが吐き捨てるように言うと、男はあっさりと名乗りを上げる。
「私はスターリング・グレイソン。…トロイというのが、君の本当の名前なんだね。」
グレイソンの言葉に、トロイは背筋を冷たくさせた。意識がない間に、色々自白させられたのだという思いが、彼を責め立てる。
しかし、グレイソンの次の言葉に、トロイは救われる。
「それ以外は…ファミリーネームすら訊けなかった。君は大したスパイになれるな…。」
「あんた、自分専属のスパイが欲しいのか?」
「まあ、そうだね。君は私の理想のS だよ。」
トロイは自由になる為の駆け引きの糸口を掴む。
「それだったら、この待遇は間違ってない?…全裸で見下ろされるなんて、いい関係が築ける訳がない。」
「君が私に忠実なSになるまでは、監禁せざるを得ない。」
「忠実って、どうやって見極める?」
「君の仲間の事を洗い浚い話し、そしてボスを殺して私の下へ戻ってくれば、君にはある程度の自由を与えてあげよう。」
「…いいよ。自由にしてくれるなら。」
一瞬の逡巡の後、逃げ出す為の第一歩として、トロイは話に乗る姿勢を見せた。しかし、グレイソンは鼻で笑って一蹴する。
「嘘吐きだな、トロイ君は…。」
グレイソンは注射器を取り出すと、針先から少量の液を飛ばして空気を抜いた。
「何、それは…?」
問の間に注射器の液体は、トロイの中へ流れていった。物の数秒で、心拍数が上がってきたのが分かり、トロイは狼狽える。
「Sはスパイという役割だけではないんだよ。今は奴隷 っていう言葉が望ましいかな…?私は君のマスターだよ。」
耳元で囁かれ、トロイは交渉の余地がなかった事を知らされた。
「今の君は手足は自由にならないが、感覚は研ぎ澄まされている。…そうだろう?」
男の指先がトロイの腹部を撫でると、電気が走ったくらいの衝撃が彼を襲った。
「触るな!」
同時に怒りを剥き出しにしたトロイは、男を渾身の力で睨み付ける。
「君の美しい体には、無数の傷跡があった。…過酷な訓練をしてきたんだろう?」
男は動じることなく、トロイの肌の質感を楽しむ。
「約束通り、カテーテルの傷跡は消し去ったよ。…ついでに過去の傷跡も全て、消し去ってあげた。」
「そんなの頼んでない!…触るなって言ってるだろう?…あんた、変態なのか?」
グレイソンに向けられている欲望に、性欲も混じっている事をトロイは漸く理解した。怒りが徐々に恐怖へと変わっていく。
「トロイ君、もう色々と手遅れなんだよ。君は自分の体の変化を、受け入れなければならない。…私と君は既に何度かひとつになっているんだよ。…ここでね。」
普段は絶対に直接は触れない場所を、グレイソンが弄 って来た。
「ああッ!…そんな、嘘だ。やめてくれ…!」
「意識のない君も十分、いい具合だったが、やはり喘いでくれる君が見たい。」
冷たいローションが後孔に流し込まれ、グレイソンの指が一気に三本入れられた。今まで味わった事のない性感に、トロイは息を荒げていく。
ぎしりと音を立てて、グレイソンがベッドの上に上がってきた。そしてトロイの後ろを掻き混ぜながら、彼の口の中に舌を侵入させて貪り始めた。
「ん…!」
抵抗を試みるも、舌を噛み切ってやりたいと思ったのは一瞬で、口の中すら今は性感帯でしかない事にトロイは絶望させられた。
諦めの境地に達すると、トロイは一時的に身を委ねる事を決めた。しかし、一向に絶頂は訪れない。それどころか堰き止められているような感覚に気付く。
「達 けないだろう?…これの所為だよ。」
グレイソンはトロイの尿道に刺さるカテーテルを軽く弾いてみせた。トロイは悲鳴を上げる。
「これは私の楽しみの為に残しておいたんだ。」
カテーテルは何処にも繋がっておらず、トロイの鈴口から短く顔を覗かせている。そこを弄られると、淫猥な痛覚がトロイを支配した。
「ああ、君は何て可愛いんだろう!」
グレイソンの隆起する物が、指の代わりに直接トロイの中に押し入ってきた。トロイはそれだけで、意識が飛びそうになるような快楽を味わった。
「…薬の…所為だ…!」
トロイは感じながらも、譫言のように繰り返す。
「今はね…。」
グレイソンの腰の動きが、トロイから言葉を奪う程に激しくなる。やがてグレイソンは自身が達する際に、勢いよくトロイの尿道カテーテルを抜き去った。
「ああッ――!」
ひと際大きく声を上げ、トロイは意識を失った。その行為に反するように、トロイからは透明な液が少量、漏れ出ただけだった。
「まだ精子が作られてなかったようだね。…奪い過ぎたかな?」
グレイソンは囁くと、再び意識のないトロイの体を堪能し始めた。
逃げ出せない日々の中、トロイは異常な日常を観察していく。
最初の頃は毎日のようにトロイを抱きに来ていたグレイソンだったが、数週間が経った最近では、三日に一度くらいの訪れに減少していた。
相変わらず衣服の着用は許されていないが、薬による拘束行為はなくなった。トロイが従順な素振りを見せているからだろう。
部屋に時を示すものは何ひとつ無いが、ラッセルという医者だと名乗った男が、一日を刻むように食事や健康診断を行いに部屋を訪れた。
その彼がトロイをバスルームへ連れて行き、執拗に腸内を洗浄する時は、グレイソンが来るという暗黙のルールとなった。
無感情にグレイソンの性奴隷として徹していきながら、トロイは逃げ出すチャンスを窺っていた。
監視カメラは二つ、部屋を見渡せる位置にひとつと、洗面台にひとつ、これはトイレやバスルームに向けられている。
部屋の壁や扉は頑丈で、防音効果も万全なのだろう。
ある時、グレイソンがこの部屋でPDAを使って電話をしているところを目撃した。通信環境は整っているようだった。
――PDAが手に入れば、チャンスがある。
トロイは左手の親指と人差し指の間の皮膚を見つめる。そこにはグレイソンが見落としていた小さな傷跡があった。
トロイは医者というより世話係という印象の、ラッセルという男に目を付ける。彼はグレイソンの行為に感化され、トロイに欲情していると、何度か感じた事があった。
――この男を使わない手はない。
トロイは準備の時と事後処理の際に洗浄される時、ラッセルの指をわざと締め付け、甘い吐息で誘惑してみせた。
明らかに反応を見せるラッセルだったが、彼が乗ってくる気配はなかった。それでも人知れず、トロイは誘惑し続ける。
何故か溜まらない精子の所為で、性欲は薄れているのに――。
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