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第24話「逃走の為に」

 数ヶ月に渡り、囚われの身になっているトロイは、一人の時間を過ごす時、必ずと言っていい程、マイナスな事を考えてしまうようになっていた。  最初に囚われたのは九月の始めだった。窓のない部屋は時間の流れが分からず、トロイは必死で今が何時(いつ)なのかを推測した。  空調は万全で、外の気温は一切分からないが、外からやって来るグレイソンのスーツの生地等から、既に寒い季節が到来している事を彼は感じ取っていた。  反抗的な態度を取れば、何やら怪しげな薬を投与されるので、健全な心と体を保つ為、トロイは従順に徹した。その甲斐あって、部屋の中だけは自由に歩き回れるようになった。  部屋にある道具を全て調べたが、脱出の材料となる物は見当たらなかった。  仲間が助けに来る気配もなく、もしかしたら死んだと思われてる可能性も高い。  繰り返し、こうなってしまった経緯を母親の所為だと考えては、彼女の事を恨んだ。  人形のように無感情なまま、グレイソンに穿たれているトロイは、彼に質問する。 「ねぇ、俺がこんな目にあってるのって、アレッサ・リーって人の代わり?」 「どうかな?…彼女にはここまで欲情しなかったよ。」  グレイソンは行為を続けながら、トロイの瞳を見つめた。 「あんた、ゲイ?」 「男は君が初めてだ。…君以外の男を抱く気もない。それでもゲイだというなら、そうなんだろう。」  見つめ合いながらの性行為が、トロイは不快でしかなかったが、無感情を伝える為に敢えてグレイソンを見つめた。 「その瞳の色!そそられるよ…。ヘーゼルブラウンと見せかけて、青や緑も混じっている。」  グレイソンは興奮し、トロイの中のモノを更に大きくさせた。圧迫感にトロイは思わず声を上げそうになる。 「…んッ!…俺の精子、どうかしただろう?」  トロイは話を逸らした。 「どうもしないよ。…君は射精しなくても達する体になっているんだから、気にする必要はないだろう?」  グレイソンの舌が、トロイの胸を吸い上げる。びくりとしたトロイは、声を上げて体を震わせた。 「ほら…、素晴らしい反応だ。」  悔しさを感じながらも、体は断続的に悦んでおり、トロイは目を閉じて涙を流した。  その途中で、グレイソンのPDAが着信を報せた。  仕方ないと言った表情でグレイソンは体を離すと、電話に出た。その表情がみるみるうちに険しくなる。 「分かった。直ぐに向かおう。」  短く告げると、グレイソンは電話を切った。そして、トロイの傍へ戻ると、(いき)り立ったままのそれを、再度、激しく挿入してきた。  解放されたと思っていたトロイは不意を突かれ、大きく声を上げた。 「…直ぐに向かうんじゃ…ないのか?」 「この処理は君の役目だからね。…しっかり出させて貰うよ。」  何度かの激しい突きの後、脈打つグレイソンがトロイの中を汚した。  グレイソンが立ち去り、入れ違いにラッセルが入って来る。  トロイがベッドに突っ伏したまま動けずにいると、ラッセルがトロイの体を掬い上げた。横抱きにされたトロイは、扇情的な視線を彼に送る。  それに気付いたラッセルは慌てて目を逸らした。  バスルームへ連れて行かれると、ラッセルは当たり前の作業のようにグレイソンが出した物を掻き出し始めた。 「嫌ッ…!もっと、優しくしてよ…。」  甘い吐息を上げてみせると、ラッセルは優しく丁寧に中を洗った。 「…あんたさ、いつも俺のケツの処理とかしてくれてるけど、あんたは俺にブチ込みたいとか思わないの?」  いつもトロイの質問は、無視される事が多いのだが、今日は珍しく口を開いてくれた。 「…監視カメラがある。」  監視されていなければ、やりたいという事なのだ、とトロイは解釈する。 「監視カメラに細工して、誤魔化せば?…俺さ、抱かれるなら、あんなジジイじゃなくて、あんたみたいな男の方がいいんだよね。」  ラッセルは少し逡巡した様子だったが、それ以上は会話を続けようとはせず、通常通りに洗浄を終えると、ベッドメイキングをして部屋を出て行った。 ――勃起してるくせに、ストイックな振りしやがって!  その愚痴は翌日、覆される事となった。  夕食の後、珍しくラッセルからトロイに話し掛けてきた。 「グレイソンさんは一週間ほど来れない。」 「それは有難い話だ。」  トロイはグレイソンに昨日掛かってきた電話を思い出した。きっと彼の周りで何かトラブルが生じたのだと推測する。この機会を利用しない手はない。  情報収集の為に、爬虫類顔だと認識している男を、不本意ながらも色仕掛けで誘惑しようと心を決める。  トロイが行動を起こそうとした、その時、ラッセルが開口を切った。 「この部屋にある監視カメラを、録画映像に差し換えてきた。」  その言葉に、トロイは呆気に取られる。これが欲情に支配された男の機動力なのかと、感心もさせられた。 「やるね!…時間はどれくらい?」 「二時間ちょとだ。」 「そう。じゃあ、楽しもうか…。」  トロイはラッセルの手を引いてベッドへ向かう。 「あ、今日も洗いたい?」 「いや、君の腸内環境が整っている事は知っているからね…。」  ラッセルはトロイをベッドに組み敷くと、ねっとりと絡み付くようなキスをしてきた。トロイが素直に受け入れ、感じているような表情を見受けると、彼はトロイに口でする行為(ブロウジョブ)を求めてきた。 ――今日は男娼に徹してやるよ。  トロイは頭の中を空にすると、ラッセルの股間に顔を埋めた。 「…結構、立派だね。」 「早く、中に欲しいだろう?」 「欲しい…よ…。」  トロイの言動が、彼自身を苦しめていく。 「じゃあ、自分で解して、拡げてくれるかい?」  少し躊躇させられたトロイだったが、ラッセルにローションを渡されると、素直に自身の中を指で拡げていった。 「いい眺めだよ。…でも、まだ前がふにゃふにゃだ。」  トロイは流石に顔を紅潮させた。 「緊張してるんだよ。…まだ、これからだ。」  拙い指使いに、ラッセルは仕方ないといった表情で、挿入中のトロイの指に自身の指を混ぜてきた。そして前立腺マッサージを巧みに始める。 「どう?」 「…いい…よ。体の中…、よく分かってるね。」  トロイは本格的に感じ始めると、体勢を変え、ラッセルの方に尻を突き出した。 「ねぇ、早く…来て…!」  地獄は早く終わらせた方がいいと、トロイは精一杯喘いで誘惑する。 「いつもと何か違うな…。」 「いつも…と?…いつも、見てるのか?」 「たまにね。…監視カメラを通して、みんなでね。」  屈辱を感じながらも、トロイは探りを入れる。 「みんなって?」  そのタイミングでラッセルは大きな質量をトロイに埋め込んで来た。 「…ここを警備してる男達さ。みんな、君に欲情してる。」 「…そう。じゃあ、…この部屋出たら、俺はヤバいね…。あ…、深い…あッ…!」 「グレイソンさんの…監視の目が行き届いてれば、大丈夫だよ。」 「へぇ…、みんな服従して…るんだ…。」  ラッセルはそれには答えず、腰を激しく突き動かした。トロイも話すのを止め、ラッセルが早く達するように痴態を晒した。 「今日の君は…やはり何か違う…。」 「…相手が…あんただからだよ。」  心にもない事を言ったトロイだが、ラッセルの心を掴む事が出来たようだった。  何度かラッセルが果てた後、電子音が短く鳴った。それは脱ぎ捨てられたラッセルの白衣の方から聞こえたようだった。 「何…?メール?」  トロイは敏感に反応する。 「グレイソンからじゃないのか?」  (そそのか)してみると、ラッセルは渋々立ち上がり、白衣を拾ってポケットから通信端末を取り出した。 「グレイソンさんからじゃない…。」 「そう、良かったね。…それってPDAじゃないよね?」 「スマートフォンって奴だよ。…そろそろ、こっちが主流になってくる筈だ。」 「へぇ、最新?…使いやすい?」 「ほぼPCと同じ働きをするよ。…君には貸して上げられないけどね。」  トロイは秘かに目を光らせる。 「そうだろうね。」  トロイが近付くと、ラッセルはスマートフォンを後ろ手に隠した。それを気にする風もなく、トロイは彼を上目遣いで見つめる。 「今日は、もう終わり…?」  ラッセルが少しだけ屈むと、唇を重ねてきた。 「ああ、明日また同じ時間に可愛がってあげるよ。…時間は後、二十五分くらいしか残ってない。シャワーを浴びようか。」 「今日は自分で洗うよ。…あんたに仕事させてるみたいで嫌だ。」  早く帰って欲しい一心で、トロイは嘘で彼を促した。 「そうかい?…それじゃあ、ひとつだけ。二十二時十七分近くになったら、ベッドに横たわってくれ。監視カメラの切り替えがスムーズに行くから。」 「この部屋、時計ないんだけど…。」  トロイが困った風に言うと、ラッセルが腕時計を渡してくれた。  ラッセルが服を着るのを手伝ったトロイは、笑顔で彼を見送った。  ラッセルが出て行くと、トロイは笑顔を消し去り、バスルームへ向かった。シャワーでラッセルの残したDNAを、あらゆる粘膜から全て流し去り、彼は時間を確認する。その腕時計は日付も分かるようになっていた。 ――二月八日だって!?  思ったより時が経っており、トロイは愕然とした。それでも呼吸を整えて一旦冷静になると、洗面台へ向かった。そこで、鏡になっているラックを開き、中から小さめのグラスをひとつ取り出した。  欲しかった物は刃物だったが、剃毛の類もラッセルの仕事だったので、剃刀も鋏もこの部屋には無かった。  トロイはグラスをタオルで巻き、床に叩きつけて割ると、丁寧に破片を選定しだした。そして、一番鋭利な形のものを選ぶと、左手の甲の人差し指と親指の骨の間の皮膚を切り裂いた。  鮮血が溢れてくる中、歯を食いしばりながら皮膚の下から十五ミリ四方の特殊なフィルムを取り出した。 ――これを取り出す時が来るなんてな…。  特殊なフィルムの中には、マイクロSDカードが入っていた。トロイは中身を出した後のフィルムを広げると、その内側を下にして左手の傷口に貼り付ける。  縫合と同じ効果のあるものだった。その上から新しいタオルを包帯代わりにすると、トロイは後片付けをし出した。 ――後一回、いや二回ぐらい体を自由にさせれば、あの爬虫類男は警戒心をなくすだろう。それまでは慎重に行動しよう。  トロイはラッセルのスマートフォンを手に入れる算段を練った。

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