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第25話「SOS」

 トロイの左手の傷にも、そして彼の画策にも気付かないまま、ラッセルは彼の体の虜になっていた。  ラッセルと肌を合わせる三度目の夜、座位で結合したまま、トロイは彼に囁く。 「ねぇ、ちょっと休憩してもいい?」 「…このままかい?」 「たまに締め付けてあげるから、いいだろう?それとも、もうイきたい?」 「いや、いいよ。」  体を密着させた状態で、トロイは質問を始める。昨日はグレイソンが有能な生化学者であった実績から、現在、大手製薬会社の事業本部長をしている事を突き止めた。  グレイソンがトロイを此処へ連れてきた日から、彼は一ヶ月半の休暇を取って、トロイに付きっ切りで何かをしていたという事実も聞き出した。  少しずつだが、ラッセルの口が軽くなっていくのを実感する。 「この状態で…グレイソンが急に来たらどうする?」 「急には来れないよ。彼は必ず連絡して来るし、今、連絡があったとしても六時間後だ。」  トロイは驚愕し、ラッセルは余裕の笑みを見せた。 「グレイソンの職場って遠いの?」 「遠いよ。ここはグレイソンさんが所有している南の島だからね。」 「南の…島?」  予想していなかった答えに、トロイは更に驚愕させられる。 「ああ…。彼は今、シアトルの本社に帰ってしまったから、ヘリコプターで六時間って感じだ。…ねぇ、やっぱり一度イッてもいいかな?」 「…いいよ。」  トロイは上下に動き始めると、なるべく自分がよくなるように調節した。それはラッセルにとっても興奮を助長する行為で、彼は呆気なくトロイの中で達してしまった。 「グレイソンさんの知らない君が…また、見られた。」 「淫乱って…言いたいんだろ?」 「可愛いって言いたいんだよ…。」  ラッセルはトロイを押し倒すと、精液を注ぎ込んだ中へ、指を二本滑り込ませた。 「あんたは…ずっと島に居るんだね?」  微妙に感じて見せながら、トロイは質問を再開した。 「この屋敷で働いている者は、ここから出られない。」  そう言うと、ラッセルは左耳の裏側を見せた。そこには小さな傷跡がある。 「ここにマイクロチップが埋め込まれていて、管理されているんだ。…君もだよ。」  トロイは瞬時に自身の左耳の裏に指を這わせた。確かに傷跡があるようだった。 「これ、爆発とかする?」 「小さく割れる感じかな?血管を傷つけて、毒物を体に浸透させて死に至らしめる。」 「それは、この島から勝手に出ようとすれば自動で、グレイソンに従わなければ手動で作動する?」 「察しがいいな。その通りだよ。」 「じゃあ、俺と寝てるのがバレたら、あんたヤバいね…。」  トロイは尚も自分の中を擦り続けているラッセルの指を、きつく締め付けてやった。 「脅すつもりなら、記憶に影響を及ぼす薬を投与させてもらうよ。君が反抗的なら使用してもいいって言われている。」  それを聞いて、トロイは深く納得する。彼の口が軽いのは、そんな薬を所持している所以だったのだ。都合が悪くなれば、それを投与するつもりなのだろう。 「注射器って、あのケース?」  トロイはベッド横のサイドボードに置かれた、金属製の小さな箱を示した。 「ああ。私の指紋認証でしか開かないようになっているよ。」  トロイは情報を得た処で妖艶に微笑むと、男娼に成り下がった。ラッセルに借りている腕時計にキスをして見せる。 「…俺はあんたに逆らったりしないよ。ジジイが居ない間は、あんたに可愛がってもらいたいからさ。」 「いいだろう。」  トロイが誘ったようになり、ラッセルとキスを交わすと、再び彼に身を任せる羽目になった。 「…あんた、医者なんだろう?こんな人生でいいの?」 「それなりに見返りがあるんだ。」  三十代の若さで隠遁生活を送るラッセルに、犯罪歴があるのではないかと、トロイは秘かに推測した。  行為の後、トロイはラッセルの着衣を手伝う。それが一連の流れとなって来ていた。  トロイは白衣を拾う際に、ラッセルの視界の外でスマートフォンを取り出すと、ベッドの下へと滑らせた。  何食わぬ顔で白衣を着せてやり、ラッセルを見上げると、キスを強請って注意を逸らした。 「明日も来る?」 「来て欲しいだろう?」  トロイはラッセルを気分良くさせて送り出すと、腕時計で時間を確認し、ベッドの下のスマートフォンを拾い上げた。 ――九時四十三分…。  初めて触る機種の電源ボタンを探し出して電源を切り、後ろのカバーを開いてマイクロSDカードの差し込み口を確認すると、彼は安堵の溜息を吐いた。  そしてサイドボードへ移動すると、一段目の引き出しに隠しておいたマイクロSDカードを取り出し、元々入っていたものと差し替えた。  スマートフォンに電源を入れると、腕時計で秒数を計り出した。その間、トロイの太腿には白い液体が伝い流れていたが、彼は一向に気にする気配はない。  今迄で一番長い一分を味わった後、トロイは再びスマートフォンの電源を切ると、SDカードを元に戻した。 ――これで助けを呼べる!  トロイは喜びを噛み締めると、スマートフォンに再度電源を入れ、特に確認せずにベッドの上に放り投げた。  バスルームへ行こうとした時、息を切らしたラッセルが舞い戻って来た。 「忘れ物なら、そこだよ。」  トロイがベッドの上を指し示すと、ラッセルは速やかに手を伸ばした。 「変な真似していないだろうな?」 「変な真似って?」  トロイが聞き返すと、ラッセルは(かぶり)を振って見せた。 「いや…、ロックが掛かってたし、この短時間じゃ、何も出来ないか…。」 「安心した?…じゃあ、俺、これからシャワー浴びるから。」  トロイは軽く手を振ると、バスルームへ入った。腕時計を外して洗面台へ置いたタイミングで、ラッセルが部屋を出て電子ロックを掛けた音が聞こえた。 ――もうちょっと早く来られてたら、アウトだった…。  胸を撫で下ろし、トロイはシャワーを浴び始める。 ――救難信号のインストールは完了した。信号はラッセルの電話の電源が入っている間、発信し続ける。  トロイがラッセルのスマートフォンに一時的に差し込んだマイクロSDカードには、トロイの仲間が作った特殊なアプリケーションが入っていた。  それは挿入するだけで自動的にインストールされ、潜伏する形を取る。そして持ち主に悟られることなく、位置情報やデータの一部を仲間の端末に勝手に送信し始めるのだった。 ――早くて明日…、助けは来る筈だ。  ただ信じて待つしかなくなったトロイは、震えを必死で抑え込んだ。  それから二十四時間が経過した。  救難信号に気付いていないのか、仲間が訪れる気配は全くなく、徐々にトロイは不安を募らせていった。 ――救難信号の作動は、見た目は分からないって言われてたから確認しなかったけど、…もしかして機能してないのか?  不安に駆られながらも、トロイは希望を捨てない事を心に決めた。  救済を待つ状況になってから、トロイは体調が優れないと言って、ラッセルとの性行為を拒否した。一度はそれを了解してくれたラッセルだったが、二度目は診察を口実に体に触れてきた。 「…数値的には何の問題もないけどね。」 「痛いんだよ。…あんたのデカいから。」 「それじゃあ、痛み止めを打ってあげるよ。ついでに気持ち良くなれるよ。」 「薬は嫌だ!…薬は打たれたくない。」  正気を奪われる事を怖れ、トロイは従順にベッドで足を開いた。  「痛いのなら、今日は丁寧に舐めてあげるよ。」  ラッセルの舌がトロイの尻の粘膜を執拗に舐めだした。 ――こいつ、やっぱり蛇だ。いや、他にもっと似てる奴いたな…。何だっけ?…イグアナ?  トロイは爬虫類に犯される滑稽な自分を想像し、自嘲した。  その冷めた感覚は長く続かず、前を扱かれ始めると、トロイは耐え切れず熱い息を洩らし始めた。 「それ…、嫌!やめて!…あ…ああ…ハッ…!出る…!」  やがて久々の射精がトロイの全てを支配した。 「俺の精子…、復活してる。」  脱力してしまったトロイを見て、満足気に微笑んだラッセルは、彼の中へゆっくりと自身を潜り込ませていった。 

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